釜山の焼肉料理店



　金海国際空港に到着した私は、迎えに来たC君とタクシーに乗り、釜山市内へ向かった。

川崎の工業地帯のような殺風景なところをタクシーは走っていた。併走するバスが電柱と

工場の塀の間を走っているのが見えた。まさかバスは歩道の上を走っているのだろうか？

タクシーよりもバスの方が運転が荒いと感じた。京都もバスの方がタクシーより運転が荒い。


そんな時に私が乗るタクシーが突然止まり、助手席に女性客が乗ってきた。相乗りだ。

所変われば品変わると言うが、相乗りは初めての経験だった。しばらく走って、相乗り客を下ろして、

タクシーはまた走り始めた。都合よく同じ方向の客がつかまるのだろうか？不思議なシステムだ。


　タクシーで流れるラジオからはいわゆるトロット音楽やコマーシャルが聞こえてきたが、

韓国語が聞き取れないのが少しさみしかった。だが日本のどこかの方言の言葉と言われても

信じてしまうほど、なんとなく日本のラジオにも似ている。韓国旅行の醍醐味は、

「日本に似ているが、日本とは違う」という、パラレルワールドの感覚ではないだろうか。

この感覚は旅行中に何度も味わった。この感覚は面白い。やがて下り坂の向こうに釜山港が見えてきた。

地形的には長崎や神戸、横須賀に似ている。そして港町に共通する、独特の雰囲気がある。



　影島の近くのC君が住むアパートに荷物を置いてからC君の実家へ向かい、C君のお兄さんの

家族に日本土産（虎屋の羊羹）を渡してからしばらく雑談した。C君の父上はC君よりも５０歳ぐらい年上で、

日本語が話せると聞いていたのだが、当時の庶民の日本語（いわゆるタメ口）でびっくりした。

「俺たち朝鮮人、日本人、兄弟！兄弟仲良く！いいな！わかったか！」最初は怒られているのかと思ったが、

私の手を握り喜んでいるところを見ると、隣国との親善を訴えているようだった。「朝鮮人」にも驚いたが、

あの頃に日本語を習った人は「韓国人」の日本語発音を知らないし、いまだに日本では韓国人を朝鮮人と

呼ぶと思ったのかもしれない。「歓迎してくださってありがとう、お会いできて嬉しいです。

日本語お上手です、いつまでも元気でいて下さい」。そんな返事をした。C君には、日本語お上手ですは

お世辞ですよねと言われた。



　その後にタクシーで牧場園という焼肉屋へ向かった。海を見下ろす山の上にあるレストランで

昔は本当に牧場があった場所らしいが、名前とは違い高級店だった。中はドライブインの食堂の

ような大広間になっていて、あちこちで焼肉を焼いていた。カルビとロースと頼むだけで、

例のごとくキムチやナムルなどのおかずが次々と運ばれてきた。店にはキュロット姿の若い女性と、

タイトスカートでキャリアウーマン風の女性の二種類の店員がいて、物を運んだり皿を下げたりするのは若い女性、

注文を受けたり肉を焼くのはキャリアウーマンの方だった。そのキャリアウーマンは右手に鋏、

左手にトングという勇ましい格好で、次々と客の肉を焼いては皿に載せていき、我々に焼酎を勧めては

若い女性に取りに行かせていた。多少の日本語も話せた。この人も決して笑顔は見せなかった。

韓国の美人は決して笑わないという雰囲気があるようだ。



　これ以降、牧場園はC君との間で「うまい焼肉屋」の隠語になった。その後も二人で焼肉を食べる度に、

牧場園に比べたらまあまあだとか、ここは牧場園みたいにうまいとか、そんな会話をした。

研究室の他の仲間は牧場園を知らない。男女でも同性でも、共有する秘密があると親密になれるものだ。

人間関係はおもしろい。



　ここは焼酎にしましょうということで一杯目から焼酎で乾杯した。あの韓国式の乾杯だ。文字通り乾杯の後は

一気に飲んで杯を乾かし、それを相手に差し出してから酒を注ぐ、あの乾杯だ。相手の杯と自分の杯が並ぶと

「早く眼鏡をかけてくださいよ」と催促される。さすがに大量には飲めないので、お猪口につく杯のような、

小さいグラスで飲む。私も酒は嫌いではないのと、異国に来た興奮と感激で、焼酎を３本ずつ飲んだ。

さっきのキャリアウーマンも呆れ顔だ。でも笑わないw



　とにかく飲んで食べて笑って、釜山の最初の夜は更けていった。この旅行中はとにかく大酒を飲んだ。

この深酒で結局は後悔することになるのだが、それは後で書くことにしよう。
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