⎛´・ω・`⎞ども。umibozeですよ。
先日、札幌の実家までドライブしたときのお話。
途中、旭川の街を通過するときに、
⎛´・ω・`⎞いつもただ通過してるだけじゃ面白くないよな。何か面白い物無かったべか。
なんて思っていると不意に思い出したあれ。そういえばどこにあるんだろ。
早速ググって立ち寄ってみましたよ。
男山酒造り資料館。旭川の地酒「男山」を作っている男山酒造が公開している施設ですよ。
入館料はロハ。いざ、中へ。
一旦3階に上がって、フロアを下りながら見学していく格好なのね。
日本酒の原料になるお米。大事だねぇ。
昔日本酒を造るのに使われた道具類。
こんなでっかい容器や細々した道具を使い分けて大量に作ってたんだねぇ。
これは販売用の容器かな。樽型の陶器なんてのもあるのね。
インバウンド向けに、各国語で作られたパンフレット。・・・愚民文字のは要らんだろ。
各国語で作成された動画も見ることが出来るよう。
⎛´・ω・`⎞ 右から二番目のペプシは要らんだろ。代わりにおフランス語でも入れた方が良いんでないのか?
2階に降りると、江戸時代の資料などが展示されていましたよ。北海道の酒造会社なのに、どうしてそんな物まで展示してるんだろ。
「幕末まで存続していた幻の名酒 七ツ梅」なんて特定の銘柄の資料を集めて。
こっちは同じような画がいっぱい並んでるね。
見ると、「男山」が描かれた浮世絵がアメリカにあって、そのコピーから版木を復元して浮世絵を複製したと?
⎛´・ω・`;⎞旭川の男山が江戸時代からあって、浮世絵に描かれてた?創業は何年なんだ?
こっちは何だ?
————————————————————————————————-
名醸『男山』酒史
慶長五年(1600)日本最初の清酒醸造が摂津伊丹の山中勝春によって始まる
(以下略)
————————————————————————————————-
何だか長々と書いてるけど、江戸時代に伊丹で男山が作られていて、徳川家のお気に入りになっていたと書かれているよう。
⎛´・ω・`⎞伊丹と旭川と何の関係があるんだ?
————————————————————————————————-
寛文年間判官山本三右衛門源徳恒が酒造業を開始し、屋号を木綿屋と称し、男山及び七ツ梅を醸造す。
後世、酒銘、製法等一切の権利の譲渡を男山株式会社が受けた。
————————————————————————————————-
⎛´・ω・`⎞「木綿屋男山本家印鑑」?「名醸男山の正統を伝承する印鑑納」?
————————————————————————————————-
酒造り秘伝書(江戸中期)
————————————————————————————————-
「秘蔵書」「茶壺 銘醸「男山」本家に累代伝わってきたものです」
これは伊丹で発行された新聞か何かかしら。
————————————————————————————————-
再び名声を得た伊丹の銘酒
北の大地で世界を魅了する「男山」
本紙は復刊2号から9号まで計8回に亘り「白雪」「老松」という江戸期から続く銘柄の蔵元社長の寄稿により清酒発祥の地・伊丹の酒造りの歴史を紹介してきたが伊丹には他にも、銘柄が多数存在した。日本日の生産地の地位を灘に譲るなか、その多くが消えて行ったが、中には別の地に移り再び名声を得たものもある。そんな銘柄を今号から順に取り上げたい。その第1弾として、「男山」を紹介する。
もともと男山は、江戸時代初期の寛文元年(1661)に近衛公が伊丹領主となり清酒醸造を奨励した頃誕生したとされる。名前の由来は、清和源氏の流れをくむ伊丹の蔵元、木綿屋山本三右衛門が、「男山八幡宮」(現在の石清水八幡宮、京都府八幡市)にあやかり、清和天皇が宇佐八幡宮から心霊を移し祀った由緒ある社の霊験を授かるべく命名した。
▼「男山」の繁栄と衰退
このころ、伊丹の蔵元たちは領主の手厚い保護の元に上質な酒を造り、まさに破竹の勢いだった。元禄10年(1697)には、山本家は江戸幕府から名字帯刀を許され、男山は白雪や老松などとともに官用酒となり、「御免酒」と称された。男山は銘酒の代名詞となり、浮世絵師の喜多川歌麿や作家の井原西鶴、近松門左衛門など避けにうるさい文化人もうならせた。儒者の頼山陽は、この酒を飲みたいために10年もの間、伊丹に滞在したと言われている。
だが名声を欲しいままにしていた男山も、江戸後期からの灘の酒ブームに推された末、天保2年(1831)の奥州米大凶作による打撃を受け、明治初めには廃業に追い込まれた。他の伊丹の蔵元も次々と倒産していった。
その際、男山の銘柄は切り売りされ、全国各地に「男山」を名乗る蔵元が出来たとされている。
▼北の大地で再び花開く
時は流れ明治32年(1899)伊丹から遠く離れた北海道旭川市で山崎酒造が創業、自社の清酒に「男山」を冠した。「寒造り」(低温長期醗酵)に適した寒冷な気候の下、大雪山連峰の万年雪に発する伏流水を仕込み水に使い、うまい酒を生み出した。
その技術力と酒造りへの熱意を認めた山本家の末裔が、昭和43年(1968)、山崎酒造の山崎與吉社長に秘伝の製法や商標、印鑑、古文書等を譲渡した。
これにより山崎酒造が当時全国に10余りあった「男山」ブランドの正統を継承し、社名も「男山酒造株式会社」に改めた。
原料米の品質にこだわって造られる男山は、その後国際酒類コンクールなど世界最高峰とうたわれる酒類コンクールで39年連続入賞を果たしている。
かつての伊丹の銘酒ブランドが遠い北の大地で再び銘酒の地位を確立したうえ、世界からも脚光を浴びている。
————————————————————————————————-
⎛´・ω・`⎞はぁ。やっとこの展示の繋がりが分かった。そういうことだったのね。
しかし、山崎酒造が最初に「男山」を謳ったとき、切り売りされたという「男山」の銘柄を買ってたのかしら。
⎛´-ω-`⎞黙って勝手に銘柄を使ってたりして。(ぉぃ
————————————————————————————————-
三輪明神の酒林(杉玉)
昔は地方の造り酒屋の軒下に杉葉を球状に束ねて吊るしこれを酒林と呼んで芳醇な新酒の醸成を神に感謝し人々に告げるを行事とした
————————————————————————————————-
⎛´・ω・`⎞♪
実際に酒を造っている工程の一部を見ることが出来るようになっているみたいだけど、日曜だったからか作業なんてしてないし誰もいない。
機械だけ見ても何が何やら。
⎛´・ω・`⎞分からん。
⎛´・ω・`⎞むぅ。
男山酒蔵開放なんてのをやってるのね。
⎛´・ω・`⎞鉄道会社が工場や車両基地の一般公開をしてるのと同じようなものかしら。
こっちは有名人のサインか?
『米ロックバンドグループ「バン・ヘイレン」のメンバー「マイケル・アンソニーさん」と』
⎛´・ω・`⎞ふ~ん。
こっちは北海道で撮影された中凶の映画か。
海外の酒類コンクールやら新酒鑑評会やら酒類品評会やらの賞がずらりと。
<ヽ`∀´>いっぱい賞取ってんだぞー!
と自慢しているかのようですな。いや、自慢してるのか。
⎛´・ω・`⎞朝鮮にはこれだけの国際的な賞を取れる伝統酒があるのかな?トンスルとか、とんするとか。
1階の売店。
⎛´・ω・`⎞あ、「益々繁盛」がある。2升5合もあるようには見えないけど。
こんな缶入りの日本酒もあるのか。
⎛´・ω・`⎞これなら車を運転中に飲んでても怪しまれなさそうだな。(ぉぃ
そこそこ楽しんで外に出ると、そこにはパンピーの行列が。連中は館内ではなく敷地の奥に用事があるよう。何じゃらほいとその先を見てみると、
「水汲み場」
⎛´・ω・`⎞こんなところの水を汲みに来てるのか?
————————————————————————————————-
延命長寿の水
この水は大雪山連峰の雪解け水を源とする伏流水で、男山の清酒を醸し出す命の水です。
延命長寿の水と伝えられています。
————————————————————————————————-
⎛´・ω・`⎞なるほど。美味い水なのか。今度汲みに来てみようかしら。
庭には、朝鮮 人がついぞ自力で造ることが出来なかったという水車が。
続いて、北鎮記念館にも寄ってみた。
旧陸軍第七師団司令部の門柱。
記念館正面には、旧陸軍第七師団の哨所。国道を挟んだ向かいには護国神社。
北鎮記念館。
⎛´・ω・`⎞日章旗が美しい。
内部には、北海道開拓期の屯田兵やら、旧陸軍第七師団に関する資料等が展示。
一回来たことがあるから、詳細はいいかな。
屯田兵手帳。身分証明書としても使われていたようで。
⎛´・ω・`⎞何が書かれているのかしら。
————————————————————————————————-
人相
幹 五尺一寸四分
顔 並
額 廣
眼 並
鼻 並
口 並
顋 短
髪 濃
眉 薄
————————————————————————————————-
( ´・∀・)「並」が多いけど、イケメンじゃなかったってことか?(ぉぃ
写真が貴重な昔の事だったのかも知らんけど、こんなことで人相の特徴を表現出来るのかね。眼が並じゃ、一重か二重か、細目かドングリまなこか、それすら全く分からんぞ。
これは樺太を領有した頃のパンフレットの類かな。
「樺太土人の風俗」・・・朝鮮を併合したときも、「朝鮮土人の風俗」なんてパンフを作ったのかしら。
遅めのランチは隣町の深川で。
旭川ラーメンの店らしいけど。
「鮭のちゃんちゃん焼きらーめん(鮭ぶしみそベース)」(950円)。
奇をてらってこんな物を注文してしまったけど、ちゃんちゃん焼きっぽくて美味かったかな。
⎛´・ω・`⎞ただ、これをラーメンと呼んで良いものか。
~ 続く? ~
⎛´・ω・`⎞ども。umibozeですよ。
先日、札幌の実家までドライブしたときのお話。
途中、旭川の街を通過するときに、
⎛´・ω・`⎞いつもただ通過してるだけじゃ面白くないよな。何か面白い物無かったべか。
なんて思っていると不意に思い出したあれ。そういえばどこにあるんだろ。
早速ググって立ち寄ってみましたよ。
男山酒造り資料館。旭川の地酒「男山」を作っている男山酒造が公開している施設ですよ。
入館料はロハ。いざ、中へ。
一旦3階に上がって、フロアを下りながら見学していく格好なのね。
日本酒の原料になるお米。大事だねぇ。
昔日本酒を造るのに使われた道具類。
こんなでっかい容器や細々した道具を使い分けて大量に作ってたんだねぇ。
これは販売用の容器かな。樽型の陶器なんてのもあるのね。
インバウンド向けに、各国語で作られたパンフレット。・・・愚民文字のは要らんだろ。
各国語で作成された動画も見ることが出来るよう。
⎛´・ω・`⎞ 右から二番目のペプシは要らんだろ。代わりにおフランス語でも入れた方が良いんでないのか?
2階に降りると、江戸時代の資料などが展示されていましたよ。北海道の酒造会社なのに、どうしてそんな物まで展示してるんだろ。
「幕末まで存続していた幻の名酒 七ツ梅」なんて特定の銘柄の資料を集めて。
こっちは同じような画がいっぱい並んでるね。
見ると、「男山」が描かれた浮世絵がアメリカにあって、そのコピーから版木を復元して浮世絵を複製したと?
⎛´・ω・`;⎞旭川の男山が江戸時代からあって、浮世絵に描かれてた?創業は何年なんだ?
こっちは何だ?
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名醸『男山』酒史
慶長五年(1600)日本最初の清酒醸造が摂津伊丹の山中勝春によって始まる
(以下略)
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何だか長々と書いてるけど、江戸時代に伊丹で男山が作られていて、徳川家のお気に入りになっていたと書かれているよう。
⎛´・ω・`⎞伊丹と旭川と何の関係があるんだ?
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寛文年間判官山本三右衛門源徳恒が酒造業を開始し、屋号を木綿屋と称し、男山及び七ツ梅を醸造す。
後世、酒銘、製法等一切の権利の譲渡を男山株式会社が受けた。
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⎛´・ω・`⎞「木綿屋男山本家印鑑」?「名醸男山の正統を伝承する印鑑納」?
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酒造り秘伝書(江戸中期)
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「秘蔵書」「茶壺 銘醸「男山」本家に累代伝わってきたものです」
これは伊丹で発行された新聞か何かかしら。
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再び名声を得た伊丹の銘酒
北の大地で世界を魅了する「男山」
本紙は復刊2号から9号まで計8回に亘り「白雪」「老松」という江戸期から続く銘柄の蔵元社長の寄稿により清酒発祥の地・伊丹の酒造りの歴史を紹介してきたが伊丹には他にも、銘柄が多数存在した。日本日の生産地の地位を灘に譲るなか、その多くが消えて行ったが、中には別の地に移り再び名声を得たものもある。そんな銘柄を今号から順に取り上げたい。その第1弾として、「男山」を紹介する。
もともと男山は、江戸時代初期の寛文元年(1661)に近衛公が伊丹領主となり清酒醸造を奨励した頃誕生したとされる。名前の由来は、清和源氏の流れをくむ伊丹の蔵元、木綿屋山本三右衛門が、「男山八幡宮」(現在の石清水八幡宮、京都府八幡市)にあやかり、清和天皇が宇佐八幡宮から心霊を移し祀った由緒ある社の霊験を授かるべく命名した。
▼「男山」の繁栄と衰退
このころ、伊丹の蔵元たちは領主の手厚い保護の元に上質な酒を造り、まさに破竹の勢いだった。元禄10年(1697)には、山本家は江戸幕府から名字帯刀を許され、男山は白雪や老松などとともに官用酒となり、「御免酒」と称された。男山は銘酒の代名詞となり、浮世絵師の喜多川歌麿や作家の井原西鶴、近松門左衛門など避けにうるさい文化人もうならせた。儒者の頼山陽は、この酒を飲みたいために10年もの間、伊丹に滞在したと言われている。
だが名声を欲しいままにしていた男山も、江戸後期からの灘の酒ブームに推された末、天保2年(1831)の奥州米大凶作による打撃を受け、明治初めには廃業に追い込まれた。他の伊丹の蔵元も次々と倒産していった。
その際、男山の銘柄は切り売りされ、全国各地に「男山」を名乗る蔵元が出来たとされている。
▼北の大地で再び花開く
時は流れ明治32年(1899)伊丹から遠く離れた北海道旭川市で山崎酒造が創業、自社の清酒に「男山」を冠した。「寒造り」(低温長期醗酵)に適した寒冷な気候の下、大雪山連峰の万年雪に発する伏流水を仕込み水に使い、うまい酒を生み出した。
その技術力と酒造りへの熱意を認めた山本家の末裔が、昭和43年(1968)、山崎酒造の山崎與吉社長に秘伝の製法や商標、印鑑、古文書等を譲渡した。
これにより山崎酒造が当時全国に10余りあった「男山」ブランドの正統を継承し、社名も「男山酒造株式会社」に改めた。
原料米の品質にこだわって造られる男山は、その後国際酒類コンクールなど世界最高峰とうたわれる酒類コンクールで39年連続入賞を果たしている。
かつての伊丹の銘酒ブランドが遠い北の大地で再び銘酒の地位を確立したうえ、世界からも脚光を浴びている。
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⎛´・ω・`⎞はぁ。やっとこの展示の繋がりが分かった。そういうことだったのね。
しかし、山崎酒造が最初に「男山」を謳ったとき、切り売りされたという「男山」の銘柄を買ってたのかしら。
⎛´-ω-`⎞黙って勝手に銘柄を使ってたりして。(ぉぃ
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三輪明神の酒林(杉玉)
昔は地方の造り酒屋の軒下に杉葉を球状に束ねて吊るしこれを酒林と呼んで芳醇な新酒の醸成を神に感謝し人々に告げるを行事とした
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⎛´・ω・`⎞♪
実際に酒を造っている工程の一部を見ることが出来るようになっているみたいだけど、日曜だったからか作業なんてしてないし誰もいない。
機械だけ見ても何が何やら。
⎛´・ω・`⎞分からん。
⎛´・ω・`⎞むぅ。
男山酒蔵開放なんてのをやってるのね。
⎛´・ω・`⎞鉄道会社が工場や車両基地の一般公開をしてるのと同じようなものかしら。
こっちは有名人のサインか?
『米ロックバンドグループ「バン・ヘイレン」のメンバー「マイケル・アンソニーさん」と』
⎛´・ω・`⎞ふ~ん。
こっちは北海道で撮影された中凶の映画か。
海外の酒類コンクールやら新酒鑑評会やら酒類品評会やらの賞がずらりと。
<ヽ`∀´>いっぱい賞取ってんだぞー!
と自慢しているかのようですな。いや、自慢してるのか。
⎛´・ω・`⎞朝鮮にはこれだけの国際的な賞を取れる伝統酒があるのかな?トンスルとか、とんするとか。
1階の売店。
⎛´・ω・`⎞あ、「益々繁盛」がある。2升5合もあるようには見えないけど。
こんな缶入りの日本酒もあるのか。
⎛´・ω・`⎞これなら車を運転中に飲んでても怪しまれなさそうだな。(ぉぃ
そこそこ楽しんで外に出ると、そこにはパンピーの行列が。連中は館内ではなく敷地の奥に用事があるよう。何じゃらほいとその先を見てみると、
「水汲み場」
⎛´・ω・`⎞こんなところの水を汲みに来てるのか?
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延命長寿の水
この水は大雪山連峰の雪解け水を源とする伏流水で、男山の清酒を醸し出す命の水です。
延命長寿の水と伝えられています。
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⎛´・ω・`⎞なるほど。美味い水なのか。今度汲みに来てみようかしら。
庭には、朝鮮 人がついぞ自力で造ることが出来なかったという水車が。
続いて、北鎮記念館にも寄ってみた。
旧陸軍第七師団司令部の門柱。
記念館正面には、旧陸軍第七師団の哨所。国道を挟んだ向かいには護国神社。
北鎮記念館。
⎛´・ω・`⎞日章旗が美しい。
内部には、北海道開拓期の屯田兵やら、旧陸軍第七師団に関する資料等が展示。
一回来たことがあるから、詳細はいいかな。
屯田兵手帳。身分証明書としても使われていたようで。
⎛´・ω・`⎞何が書かれているのかしら。
-----------------------------------------------------------------
人相
幹 五尺一寸四分
顔 並
額 廣
眼 並
鼻 並
口 並
顋 短
髪 濃
眉 薄
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( ´・∀・)「並」が多いけど、イケメンじゃなかったってことか?(ぉぃ
写真が貴重な昔の事だったのかも知らんけど、こんなことで人相の特徴を表現出来るのかね。眼が並じゃ、一重か二重か、細目かドングリまなこか、それすら全く分からんぞ。
これは樺太を領有した頃のパンフレットの類かな。
「樺太土人の風俗」・・・朝鮮を併合したときも、「朝鮮土人の風俗」なんてパンフを作ったのかしら。
遅めのランチは隣町の深川で。
旭川ラーメンの店らしいけど。
「鮭のちゃんちゃん焼きらーめん(鮭ぶしみそベース)」(950円)。
奇をてらってこんな物を注文してしまったけど、ちゃんちゃん焼きっぽくて美味かったかな。
⎛´・ω・`⎞ただ、これをラーメンと呼んで良いものか。
~ 続く? ~