철도이야기

南満州鉄道の旅。

どらく DORAKU

クリックディープ旅



Vol.12 中国東北部(1)

中国東北部へ旧南満州鉄道の旅に出た。1919(大正8)年に鐵道院から発行された「朝鮮 満州 支那案内」をガイドブックに、ローカル列車に乗ることにした。発行された年は、日露戦争から14年後。日露戦争で日本はロシアが敷いた東清鉄道の一部を譲り受ける。それが大連-長春間で、この鉄道を経営していたのが、南満州鉄道(満鉄)と呼ばれる国策会社だった。


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「支那案内」には精巧な地図がついている。大連駅前で買ったいまの大連の地図(4元、約50円)を照らし合わせながら、大連市内を歩いてみることにした。街並みは変わっても道路はそのままだから、比較的簡単に昔の建物をみつけることができる。

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「市街の區劃(区画)は勿論(もちろん)概(おおむ)ね露治時代の設計を踏襲せしめるものにして~」とはじまるガイドブックの大連のページ。その地図を頼りに満鉄の本社跡に向かう。建物は当時のまま。コの字形の大きな建物だ。

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大連港と大連駅を結ぶ貨物線に架かる勝利橋。当時は日本橋と呼ばれていた。ガイドブックには「鐵筋混凝土造の一大跨線橋」と解説されている。いまは周囲にビルも建ち「一大」ではなくなってしまった。橋を渡ると、かつてのロシア人街が広がる。

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大連の火鍋はシーフード系だ。皿にどーんと盛られたエビのすり身は、店員がスプーンですくい、鍋に入れてくれる。ぷかーっと浮いてきたぷりぷりのエビを、しょうゆ系のたれにつけてひと口。港町ならではの火鍋だ。エビはひと皿38元、約450円。

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中国のなかで、日本が随所にみつかる大連。なにげなく入った包子店のはしの袋に「おてもと」と印刷されていたりする。

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中国バブルと言われる今、ブランド物がよく売れる。偽物であってもよく売れる。バッグを車に積んで移動し、車の上に並べて売ってしまう。こういう移動販売の手法があったのか……とつい立ち止まってしまった。売り方は斬新だが、客は少なかった。やはり車の上はだめ?

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大連の道を渡るのは苦労する。車はとまってくれないし、平気で信号を無視する。横断する人も、信号は眼中にないかのように勝手に道を渡っていく。だから横断歩道に赤と青の信号が同時にあっても、大きな問題にならない。元々信号無視の人々ですから。

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瀋陽行きの列車が大連駅のホームに入ってきた。ガイドブックを読みながらのローカル列車旅がはじまる。「本區は南満州鐵道幹線の一部にして、大連より奉天迄二四六哩四(乗車賃一等一二圓三二。二等八圓六三)」。当時、瀋陽は奉天と呼ばれていた。

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瀋陽行き列車に乗り込む。硬座は座席が指定されているのに、人を押しのけ、乗車口に殺到する。列車を見ると、先に乗らなければいけない……というスイッチが入ってしまうらしい。この人込みのなかを突進する僕らも、すっかり中国の列車慣れしている?

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瀋陽行き列車には食堂車が連結されていた。これまでほとんど縁がなかった中国列車の食堂車に足を踏み入れてみた。メニューは豊富だが、一品20元から40元とかなり高い。一方、この食堂車でつくる弁当が10元程度。食堂車に乗客が行かない理由がよくわかった。

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列車は夕日を受けて北上する。大連を発車して1時間ほどで普蘭店にとまった。ガイドブックにはこう書かれている。「我關東州租借區の北端(その境界は驛北 二哩餘に在り)~」。關東州とは、遼東半島市南部のこと。しかし租借地を通り抜けても、日本円が通用する世界だった。その理由は14番の写真で。

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列車番号が2000番台のローカル列車だが、こんでいる。座席がない乗客がかなりいて、トイレに行って戻ると、必ず誰かが座っている。いえばどいてくれるが、3人がけ席が4人がけになったりして、それはまあ疲れる列車旅。瀋陽まで6時間ほどかかった。

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瀋陽ではかつて満鉄が経営したヤマトホテルに泊まった。いまは遼寧賓館と呼ばれる。一見豪華だが、ひと部屋358元、約4300円だった。中国では日本の息がかかったレトロホテルより最新ホテルの人気が高い。ここはヤマトホテルの新館。旧館は瀋陽駅の上にあった。

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ヤマトホテルには和室もあった。このホテルがあったのは、満鉄付属地のなかだった。旧ロシアの東清鉄道を引き継いだ満鉄は、鉄道に付属した土地も引き継いだのだ。しかしそこは市内の一等地。そのなかは日本円が通用する租借地のようなエリアだったといわれている。

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ガイドブックを頼りに瀋陽市内を歩く。かつての電話局らしき建物に「原奉天自動電話交換局大楼」という表示をみつけた。こういう街歩きは楽しい。その建物はいま、CHINA UNICOMという中国の電話会社が使っていた。いまも電話会社なんです。

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瀋陽に着いた。どことなく旧ロシアの雰囲気が漂う。中央にロータリーがあり、そこから放射線状に道が延びる。ロータリーの周りに、日本は銀行や軍司令部をつくっていった。その話は次回に。


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Vol.13 中国東北部(2)

旧南満州鉄道(満鉄)を大連から瀋陽まで乗った(前回)。今回は瀋陽から終点の長春までのローカル列車旅である。手にしているガイドブックは、1919(大正8)年に鐵道院から発行された「朝鮮 満州 支那案内」。だが、長春に残されている日本の面影は、このガイドブックの発行より後の時代、日本が満州国を打ち立て、長春を「新京」という満州国の首都にした頃のものだ。


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瀋陽を発(た)つ日、ロータリーをひとまわりした。横浜正金銀行奉天支店、奉天警察署、日満空軍大楼……。建物のほとんどは満州国時代に建てられ、それをそのまま使っていた。横浜正金銀行奉天支店の建物にはいま、中国工商銀行が入っていた。

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中国工商銀行のなかに入ってみた。重厚な空気が行内を支配していた。中国の銀行とは思えない雰囲気。いまの日本にも、こんな銀行はもうないのかもしれない。用もないのに、しばしたたずんでしまった。

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瀋陽駅は旧奉天駅。「支那案内」が発行された当時、ヤマトホテルの新館はまだなく、旧館がこの2階にあった。ぼんやりとその建物を眺めていると、その背後に「東横イン」。日本が去ってから60年を超える年月がたち、日本のチェーンホテルが進出する時代。

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瀋陽から長春まで2000番台のローカル列車を選んだ。買ったのは硬座切符である。しかしホームに入線してきたのは、新式列車だった。なんと2階建て。これはすごい。きっと車内も広くて、楽な旅が……。その期待をみごとに裏切る車内は次の写真で。

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乗り込んだ列車は上下に分かれていた。僕らの切符に「下」と書かれていた意味がようやくわかった。しかしその階段には、座席のない客が座り、車内のこみ具合は、これまでの列車とまったく同じ。天を仰ぐしかなかった。やっぱり中国の列車だった。

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座席には、一見、立派そうなカバーがかけられていたが、広さは同じ。背も倒れるわけではない。硬座の座席はやはり疲れる。そうだよね。こういう体勢で、口を開けて寝ちゃうのもしかたないよね。席があるだけ、よしとしなきゃ。

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座席が上下に分かれたおかげで、ワゴン車を押す車内販売はできなくなってしまった。そして登場したこのスタイル。ジュース、ビール、ソーセージ…… かなりの重さになる。新式車両の車内販売員は体力勝負だ。

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長春に着いた。夜、北朝鮮レストランに行こうとしたが、9時で閉店。その近くにあった店で中山焼き肉を食べた。東北中国の名物だという。味付き肉を焼き、レタスにくるんで食べる。韓国焼き肉の中国版といったところか。

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ガイドブックに「南満鐵道の終端驛にして~」と解説される長春。当時は長春だったが、やがて新京と名前を変える。市内には満州国の首都だった時代の残影がいくつもある。街を歩いていると、突然、鳥居が出現する街なのだ。

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かつての西公園が、満鉄付属地の境界だった。いまは勝利公園と呼ばれる。冬の長春は寒い。簡単にマイナス10度を下まわってしまう。公園の毛沢東像も雪を肩に載せて寒そう? 満州国の建物は、この付属地の南に点々と建てられていった。

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旧関東軍司令部の建物は、まさに城である。日本が建てた最後の城なのかもしれない。軍人たちは、戦国の武将気分だったのか。その建物をいま、吉林省共産党吉林省委員会が使っている。

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ガイドブックには、本願寺布教所と書かれている本願寺。いまは使う人もなく、荒れ果てて、雪をかぶった廃寺になっていた。周囲はトタン塀が立てられ、建物に近づくことはできなかった。

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市街地の南、新民大街に沿って、満州国の政府系の建物が残っている。中国では満州国のことを「偽満州国」とか「偽満」と表現する。偽りの国だったというわけだ。この交通部旧址(きゅうし)は、吉林大学の公共衛生学院が使っていた。

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かつての満州国務院。満州の行政機関のトップに君臨した。ここで満州国のさまざまなことが決定されていったのだ。まるで国会議事堂のような建物である。この建物が完成したのは1936年だった。いまは吉林大学白求恩学院になっている。

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新民大街がぶつかる文化広場は、やがて満州の天安門広場になる構想だったのかもしれない。しかしいまはたこ揚げ場。中国でたこ揚げはおじさんの遊びだ。休日にぼんやりとたこ揚げにやってくる。彼らもストレス溜(た)まっているんでしょうね。

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東北中国といったら、やっぱりギョーザ。彼らはまるで主食を食べるように、毎日ギョーザを食べている。店に入ると、その種類の多さにも圧倒される。ゆでる、蒸す、焼く。調理のバリエーションも広い。





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満州国時代の遺構が結構残っているのね。

観光してみるのも面白そう。

( ´・ω・)b




~ 以上 ~


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