孤盲猫を撫でる４　入母屋のお話　４格式のこととか おまけ


　本義的に言えば日本において最も権威が高いのはもちろん天皇陛下であり、その居宅や儀礼に供される殿が最も格式が高い、というのは問題ないところだと思います。そもそも天皇は格式（位）を与える側であり、格式外・別格であると言えましょう。

　しかしながら全国には物凄い数の儀式があるため、天皇が儀式を全て行うわけには行かないので、各地の格式により奉幣をその地の式内社なりに送ります。この使いを奉幣使といい、国家の神社たる神宮には毎年の奉幣を特に例幣と呼びその使いを例幣使と呼びました。江戸時代には神宮より東照宮（日光）を重んじることが強要され、例幣使といえば日光例幣使を指すことになります。近代にはまた修正されますが。ちなみにこの日光例幣使、下位の公家が出ていくわりに、物凄い田舎に行くのをいやがるので結構虎の皮をかぶります。強請（ゆすり）の語源になるくらい。

　ま、何れにせよこうした儀式は天皇直接の物ではないので一段下がった儀式と見るのか、天皇は出来ないが天皇祭祀の中でも最も重要な物である（自分は都から動けないが、国家の神社での祭祀には自分の名代は必須）と考えるかは議論があるかもしれませんが、常識的に考えれば後者ですね。寺に対しては勅命が下って祈祷が行われるわけです。
　
　ではこうした各地への儀式の間接的関与ではなく、直接的な儀式の方を上とした場合、最重要且つ最高位の儀礼は何か。

　既にこれは出されちゃってますのでわりと割愛。この儀式は律令でも最重要ときちんと定められて、精進潔斎の期間も非常に長い物です。そしてこの儀式、中世から近世は非常に貧弱になってしまっていますが、称徳帝の頃はまだがっちりやっており、遺跡として発掘されています。日本の政体が最も「中国的」だった時代でも現在と同じ方法で行われていたんですね。（現在は古礼を復興してやっているわけですが）
　全く大陸も、もちろん半島の影響もないんです。

　少なくとも天皇制において最も重要な儀式はあくまで日本的に行われており、そこで使われる建築物は一回こっきりの使い切り。掘立柱切妻。直近の場合、外つ国の参加者は大体国王（皇太子）もしくは大統領（副大統領）級が140参加してます。この儀式に準じるこの儀式の前に行われたもう一つの最重要儀式では146。前者の代表的な参加者はチャールズとダイアナ、後者では時のアメリカ大統領ブッシュが来てます。もちろん古代の場合世界中から使者が来ることはないですが、現代から見ればそのレベルの国家最大の儀式ですね。もちろん後者も掘立柱切妻。


146の海外の使者を呼んだ建築物。使い切り。

　そしてこうした儀礼を最もよく継承しているのが神宮であり、出雲大社なのです。そうした系譜の神社で現在も使われる食器は使い切りタイプ。使用後たたき割るなんていう習慣を持つ神社もあります。その代わり末社ではお供えがバナナだったりするのがちょっとお茶目なんですけどね。これは地域の百姓（ひゃくせい）が商いで扱ってたりして奉納するからなんですが。

　即ちどういう経路でどういう切り口で考えても、最終的に行き着く先は神宮と大社であり、より高位なのは神宮。もしも権威という面で考えた場合、最も格式が高いのは神宮。仮に天皇をその上におしいただいても、その最も権威ある儀礼は

「掘立柱切妻茅葺黒木、悠紀主基殿妻入り廻立殿平入り」

で行われるんです。悠紀主基は江戸時代から「掘立柱切妻茅葺黒木（皮を剥いでいない木）」だったこともわかっており、直近もそれにならって建立されています。鳥居も神明黒木。廻立殿は鰹木をあげず、悠紀主基は5本。これは江戸の文献では3本の場合もあります。悠紀主基が妻入りなので、一見大社造りのようにも見えますが、この辺に神明造の成立の問題が見え隠れしているようにも思われます。廻立が鰹木をあげないのは江戸時代にも見られますが、ちょっと理由はわかりません。どうもこの部分は恒久的な建築物を流用していたのではないかと思われ、そのまま近代に入ってその系譜が残ったのではないかとも思われます。昭和帝の時も鰹木が上がっていません。


　さて、おまけのおまけ的な物として。


この写真は神宮の神田御田植初式で祝詞をあげて、苗を献上する儀式。式、なので祭よりちょっと格が下がる関係で、宮司は来なくてもよい、という儀礼です。この辺ちゃんと格式があります。非常に粗末な黒木４本の上に切り妻板屋根を載せただけの簡素な祭壇に苗を置き、一段下がったところで儀式を行っています。奥がこれから田植えを行う「神田」です。
　実はこのようにある一定の神域の端で「お祀り」を行う、というのは弥生時代の方形周溝墓や吉野ヶ里の墳丘墓、古墳の近縁で行われています。あげた儀礼は形態は若干変化しているものの、弥生時代に源流が求められる物であり、ここで献上される苗をおく場所が恒久化していき本殿になったと考えていいと思います。

　確かに神社建築が恒久化するのは仏教の流入以後の8Cであり、仏教のアンチテーゼ的な影響は否めません。しかしそれはむしろ適当な場所にひもろぎをおいてお祀りをしていたのでは法制上どう処理していけばいいのか決められない、ということに起因していると思われます。寺には何人僧侶がいて、どれくらいの規模の縄張りがあって、何をつくるのに部材がどれだけ必要か、ということが計算出来ます。パッケージですから。おそらく神社（の前身）にはその部分が希薄だったのではないかと思います。体系化されてないからですね。それ故神域の確定であるとか、儀礼の固定化であるとかの必要に迫られてやや恒久的な建築を行うようになったなのではないかと。祖霊廟という中華的な物を自国に求めた結果、と見た方がいいでしょう。
　ようは律令体制（中華手本）という政治システムの一環としての祭祀整備であり、既にあったものを法制上にのせるプロセスだったのです。
　「お祀り」をする事自体はずっと続いていること（少なくとも神宮でも5-6C：荒祭宮祭祀遺跡や高倉山古墳）であり、それを無視しての議論は如何な物かと思うのです。
　また、日本は歴史的にも天皇がすぐ遷都してしまう、という不思議な民族なのですが（平安でも里内裏がそれ。しなくなるのは主に経済の問題）農耕民族は定住を好むのになぜ故？という疑問もあります。この辺、遷都に対する意識はもう一つ前（縄文的な狩猟民族の血）からの継続であるのやもしれません。

　余談ですが黒猫さんのスレッドのリンクで言う、種籾の出たところがこの場合、苗の祭壇に当たります。
　なおずーっと結論から話題を構成している人は、8Cのある時期に寺院建築の溝があることを知らないんだと思われます。中国の技法ですら日本の建築の方法を押し込んでる位で、半島建築も同じ事が行われた節があるんですけどね。この辺は割愛しちゃうんですけどね、半島の建築物が全く残ってないから絶対に「そうだ」とはいいづらいので。


　おまけのおまけのおまけ。

　何回か東大寺のことが話題になっていますので、日本のそれ以外の大仏殿の絵もあげてみましょう。権威がどうしたとか、格式がどうした、という事で屋根を語ることのばかばかしさがちょっと見えるんじゃないかなぁと。


鎌倉大仏殿復元ＣＧ



京都方広寺大仏殿

鎌倉は推定ですが、京都は江戸初期、家康なんかも関与して大仏再建が試みられており、1612に一応完成してますんで、これで大体あってたと考えてもいいかと。ちなみにその後天保年間に肩から上の木造が寄進されており、昭和まで存在していました。これは最上部が入母屋、その下が壁を伴う錣葺きのような裳階になっている、重層の不思議建築に安置されていました。