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re:孤盲猫を撫でる4 入母屋のお話 3  おまけ

孤盲猫を撫でる4 入母屋のお話 3 おまけ


 屋根の格式、ということを考えるためには建築物全体の格式、について考えざるを得ません。もちろん律令から法度に至るまで、建築について「こうしなさい」「これは駄目」というのは多くありません。既に述べていますが律令期の

・6位以下の檜皮葺の禁止
・6位以下の築地禁止

や法度期の

・巾の規制
・破風の禁制
・屋根葺き材の制限

と言った物しか見つけられていません。ここで千歩譲って、「伝統ある建築は格式が高いと見る」とした場合一つ不思議なものが浮かんできます。

・掘立柱構造

がそれです。それこそ掘立柱高床構造は縄文時代からあるまさに日本最古の建築方法であり、古墳-飛鳥期には宮殿建築を担い、奈良平安に入っても貴族邸宅や天皇の住居は掘立柱です。寝殿造あたりも確か最初は掘立柱だったかと記憶しています。基壇を石やセンで構成する、礎石を置く、という工法より、少なくともその時代時代に重要視されているのです。それこそ掘立柱が神社以外に使われなくなっていくのは武家造りや書院造り以降じゃないかと思います。

 このあたりは調べてないので推測ですが、公家は基本古例に従って当然掘立で作るという考えしかなかったのに対し、武家は寺院建築や公家建築のいいとこ取りをしていったのではないかと思います。

 屋根葺についてはかなり明快な区分わけがあり、原則は

・公家 檜皮葺
・武家 茅葺・板葺→瓦葺
・神社 板葺
・一般住居 茅葺・板葺→(商家など都市部)瓦葺・蛎殻葺

こんな感じですね。檜皮が公家に重用された最大の理由はおそらく当時の建材として安価・大量に準備出来る・防水に優れている・軽い、と言った点でしょう。公家が檜皮を、武家が瓦を使うのも、それぞれ公家VS寺院、武家VS公家という構造の中で「‥でないもの」を求めた結果でもありましょう。それでも瓦は重いので、下部構造をがっちりつくる必要(=金がかかる)があったため、桟瓦という物が江戸時代に発明されたわけです。
 
 神社はずーっと我が道を行く、と言う感じ。掘立柱板葺切妻を基準にして立て替える経済力があればそのまま、無い場合は公家系の檜皮を採用する程度です。ちなみに神社建築自体は寺院建築が入ってくる前から「拝殿」状構造物を持っていたと考えられます。また妻入を基本としていたため切妻から変化しづらかった、神宮は平入りだがこれはどこかで宮殿建築が混在したという説をみたことがあります。

 こうした檜皮葺や掘立柱の構造は中世に混雑していきます。前述した武家造が瓦屋根・礎石といった寺院建築を積極的に導入していくこともそうですが、公家の系譜も礎石を持ち、寺院も檜皮葺・神社も瓦葺のものが見られるようになります。

 明確だった区分がだんだん不分明になるんですね。一つは神仏混淆の影響でしょう。それでも春日大社絵巻では興福寺寺域と春日社域の建築ははっきりと分けて描いてありますが、厳島神社のように屋根構造が混在している例もあります。
 神仏混淆については当時の政治も関係していると考えています。当時日本には天皇を頂点とする公家・神社、一応その配下と言うことではあるけれど軍事力を持つ武家、そして宗教的権威且つ大きな寺社領(経済力)と僧兵(軍事力)を併せ持つ寺院がありました。
 治世者はこの三者のトップに登り詰める必要がしばらく続いていたわけです。摂関政治から院政に移行していく事情はもちろん末法思想に依るところも大きいのでしょうが、寺院勢力を押さえつけるという点からも有利だったと思います。平清盛や足利義満も形式的ですが太政大臣に登り詰め、入道します。おそらくこうした動きの中、公家的な生活や僧侶的な生活を治世者が送ることによってそれぞれの利便性が混じっていったのではないでしょうか。また、そうした治世者の居宅がそのまま寺院になるなども混雑を進める要因だったのだと思います。

 こうした中、それまでの建築の概念を破壊再構成していったのが信長・秀吉・家康といった戦国末期の大名ではなかったかと思います。仏教や神道を完全に下に置き自分をトップにしていく思想を持っていた信長、これもあれも何でも組み込んでしまってなんだかよくわからないけど物凄いらしいと思わせた秀吉。そして家康本人はわりと質素好だったようですが、子孫はもうなんでも有りで好き勝手な建築を重ねていきます。日光東照宮なんかもうね、どうしましょうという感じですね。あれ神社なんですよ、一応。
 また、江戸時代になると公家の古例復興も積極的に行われ大衆文化も発達し、百花繚乱の状況を呈していました。建築における混乱はもうそのままで、一応儒学者などが寺はこうあるべき、神社はこうあるべき、というべき論を唱えますが、せいぜいその程度。荻生徂徠なんか、江戸が駄目なのは中国のように都市を壁で囲まないからだとすら言っています。

 この混乱はそのままでよかったのかもしれないのですが、明治の神仏分離で強制的に「これは神社」「これは寺」と区分されます。江戸時代は出雲や神宮ですら別当寺があったので、かなりの混乱をきたします。
 で、本殿がお寺風であった神社はそのまま瓦屋根で神社となり、本殿が切妻茅葺だった寺はやはりそのまま。後々古例に復帰するという名目で立て直される例もありますが、建築の形状から何の施設なのか、ということは判断出来なくなったわけです。

 結論めいて語れば、少なくとも日本の建築は屋根でも基礎でもその表面形状から格式(と目されているものを含め)の有無を語ることは無理だと思っています。基礎からは多少古式なのかどうかの判断はできますが。
 その代わり、内部の構造(陣の概念や桁行・梁をはじめ、床の状況に至るまで)や使用される部材(瓦や茅、柱を角材にするかなど)によっての新旧ははっきりしていますので、そこからその建築物がどれくらい古くからある、どこの影響下にある、という議論は可能です。



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