6・25老英雄「米国が支援した全ての国の中で韓国が最も感謝を示す」
韓米首脳会談
車椅子に乗っていた94歳の老兵は、バイデン大統領が米軍最高の勲章「名誉勲章」を授与するために近づくと、自らの力で全力で立ち上がった。若い将校が持参した歩行器を横に置き、支えようとする手も取らなかった。71年前に米陸軍レンジャー(特殊部隊)中尉として韓国に行き、10倍以上の規模の中国軍兵力に対抗して戦った男のプライドは「国の名誉」が懸かったその場で自分の力で立てないことを容認できなかった。
韓米首脳が並んで出席する中、米国時間の21日午後にホワイトハウスで執り行われた勲章授与式において、ラルフ・パケット・ジュニア予備役米陸軍大佐(94)は叙勲理由が読み上げられる間、全ての助けを断り2分50秒間にわたり自らの力で立っていた。バイデン大統領がその首に「名誉勲章」を掛けた瞬間、大きな拍手が会場に鳴り響いた。米国の複数のメディアは「パケット大佐が補助器具を横に置いた瞬間が授与式のハイライトだった」と報じた。
パケット大佐は6・25戦争中の1950年11月に清川江一帯の205高地において、51人の隊員らを率い韓国軍兵士(カチューシャ=在韓米軍に配属された韓国軍兵士)9人と共に数百人からなる中共軍の侵攻を食い止めた功績が認められ、この日名誉勲章が授与された。23歳の若い中尉だった彼は部下たちが敵の位置を把握できるよう3回も塹壕(ざんごう)の外に走り、その際にひどいけがをした。指揮官の勇気に奮い立った2等兵2人が「私を捨てて行け」という命令に従わなかったおかげで命を落とさずにすんだ。
6・25老英雄「米国が支援した全ての国の中で韓国が最も感謝を示す」
韓米首脳会談
車椅子に乗っていた94歳の老兵は、バイデン大統領が米軍最高の勲章「名誉勲章」を授与するために近づくと、自らの力で全力で立ち上がった。若い将校が持参した歩行器を横に置き、支えようとする手も取らなかった。71年前に米陸軍レンジャー(特殊部隊)中尉として韓国に行き、10倍以上の規模の中国軍兵力に対抗して戦った男のプライドは「国の名誉」が懸かったその場で自分の力で立てないことを容認できなかった。
韓米首脳が並んで出席する中、米国時間の21日午後にホワイトハウスで執り行われた勲章授与式において、ラルフ・パケット・ジュニア予備役米陸軍大佐(94)は叙勲理由が読み上げられる間、全ての助けを断り2分50秒間にわたり自らの力で立っていた。バイデン大統領がその首に「名誉勲章」を掛けた瞬間、大きな拍手が会場に鳴り響いた。米国の複数のメディアは「パケット大佐が補助器具を横に置いた瞬間が授与式のハイライトだった」と報じた。
パケット大佐は6・25戦争中の1950年11月に清川江一帯の205高地において、51人の隊員らを率い韓国軍兵士(カチューシャ=在韓米軍に配属された韓国軍兵士)9人と共に数百人からなる中共軍の侵攻を食い止めた功績が認められ、この日名誉勲章が授与された。23歳の若い中尉だった彼は部下たちが敵の位置を把握できるよう3回も塹壕(ざんごう)の外に走り、その際にひどいけがをした。指揮官の勇気に奮い立った2等兵2人が「私を捨てて行け」という命令に従わなかったおかげで命を落とさずにすんだ。