自衛隊の能力を表すキーワードのひとつは今後、「長距離攻撃」になるかもしれない。「専守防衛」の国是のもと、兵力増強を防御的兵器の導入にとどめてきた自衛隊だが、その裏では、ヤリの穂先を磨くようにひそかに攻撃力を高め続けてきた。
先月末、防衛省が要求を決めた過去最高額となる5兆2551億円もの来年度防衛費の内訳をみると、長距離すなわち他国の領土も射程に入れることが可能なミサイルが複数含まれ、自衛隊が方向転換しつつある事実を浮き彫りにしている。
今年3月、自民党政調会の検討チームとして「敵基地攻撃能力」の保有を安倍晋三首相に提言した小野寺五典防衛相のもと、核・ミサイル開発を続ける「北朝鮮の脅威」が追い風になりつつある。
とはいえ、来年度防衛費の概算要求に「敵基地攻撃」の項目はなく、長射程ミサイルは「島嶼(とうしょ)防衛」の項目に登場する。
そのひとつが「島嶼防衛用高速滑空弾(ミサイル)」 である。本腰を入れるため7年間かけて研究し、初年度となる来年度は研究費100億円を計上した。
ロケットのように打ち上げ、上昇後、切り離された弾頭部がグライダーのように滑空して敵を攻撃する。いわば弾道ミサイルと巡航ミサイルを組み合わせた構造で、飛び方を予測しにくくして、迎撃を避ける工夫をしているのが特徴だ。
宇宙空間には飛び出さないものの、得られる効果は弾道ミサイルが落下して甚大な被害を与える場合と変わりない。
防衛省の担当者は、「島嶼が占領された場合に活用する。例えば宮古島から与那国島は250kmあるが、自衛隊はこれほど長射程のミサイルは保有していない」と必要性を強調する。沖縄県の宮古島、石垣島などへの配備を計画している陸上自衛隊のミサイル部隊が持つことになるという。
例えば宮古島から与那国島への攻撃を想定しているなら、「その時、侵攻してくる敵から最初に島を守るはずの海上自衛隊と航空自衛隊は全滅しているのか」と突っ込みたくなるが、矛盾しているのは、この「島嶼防衛用高速滑空弾」を「陸上自衛隊が保有する」とだけ防衛省が説明しているからである。
もちろん、この装備の狙いはそんなところでは終わらない。高速滑空ミサイルのロケット部分を大型化し、より長射程のミサイルとして護衛艦から発射すれば、他国の領土を攻撃することも十分可能である。正直にそう言えないから、奇妙な説明になるのだろう。
実は防衛省が防衛庁だった2004年、まったく同じ性能のミサイル研究を次期の「中期防衛力整備計画」(2005~09年度)に盛り込もうとしたことがある。
与党の安全保障プロジェクトチームへ説明する中で、防衛庁は「離島を侵攻された場合の反撃用で、射程は300km以内。他国の領土には届かず、攻撃的な兵器ではない」と理解を求めた。
これに対し、公明党議員から「あまりにも唐突だ」「日本の技術をもってすれば射程を伸ばすのは簡単で、近隣国に届くものにできる」との批判が噴出して了承されず、防衛庁が削除したいきさつがある。
当時、北朝鮮は核実験を1回も行っておらず、日本列島を越える弾道ミサイルは1998年に1回発射しただけ。既に6回核実験を行い、日本列島越えの経路で5回も弾道ミサイルを発射している現在とでは明らかに北朝鮮の脅威度が違う。
今このタイミングを狙って、防衛省が一度は消えた地対地ミサイルの研究を蘇らせたのは間違いない。公明党も賛成すると見込んで概算要求案に盛り込んだ裏には、北朝鮮の攻勢に乗じて自衛隊に敵基地攻撃能力を保有させようとする意図が透けてみえる。
来年度防衛費に盛り込まれた2つ目の長距離ミサイルは「島嶼防衛用新対艦誘導弾(ミサイル)」だ。空気を取り込んで長時間飛び続けるターボファンエンジンを搭載して長射程化を図り、さらにレーダーに映りにくいステルス性を持つ外観となっている。
島嶼を攻撃する敵艦艇をより遠距離で迎え撃つとし、来年度防衛費に研究費77億円を計上、5年間かけて研究する。
対艦ミサイルとはいうものの、地図データとミサイル搭載の高度計を組み合わせて地上攻撃用の巡航ミサイルとするのはそう難しくない。戦闘機に搭載して発射することや護衛艦から発射することも可能で、敵基地攻撃の切り札に発展する可能性を秘めている。
敵基地攻撃能力について、防衛省は「自衛隊は敵基地攻撃を目的とした装備体系は保有していない。保有する計画もない」(9月5日の参院外交防衛委員会、山本朋広防衛副大臣)との立場を表明している。
だが、言葉通りに受けとめることはできない。
2013年12月17日、第二次安倍政権下で閣議決定された「防衛計画の大綱」(大綱)と「中期防衛力整備計画」(中期防、2014~18年度)は「弾道ミサイル発射手段への対応能力のあり方を検討し、必要な措置を講じる」と、敵基地攻撃の検討開始に踏み込んでいるからである。
敵基地攻撃能力の保有は、海外における武力行使も視野に入れた安倍政権の「積極的平和主義」と共鳴し、来年度防衛費の策定を通じて、いよいよ水面下から浮上しようとしている。
かつて政府は自衛隊が保有できる兵器を「自衛のための必要最小限度のものでなければならない」とし、攻撃的兵器の保有を禁じてきた。
これを受けて防衛省(庁)は、戦闘機の航続距離が長いと周辺国の脅威になりかねないとの理由から、米国から導入したF4戦闘機から空中給油装置を取り外した。だが、1980年代に調達したF15以降の戦闘機はすべて空中給油装置を外すことをやめている。
さらに飛行しながら燃料供給できる空中給油機を4機導入して航続距離の問題を解消させた。また戦闘機を指揮できる管制機能を持つ高性能の空中警戒管制機(AWACS)4機と早期警戒機(E2C)13機を保有した。
敵基地攻撃は、戦闘機が空中給油を受けながら長距離を飛行し、同時にAWACSの航空管制を受ける。敵基地が近づくと電子戦機が妨害電波を出して地上レーダーや対空ミサイルを攪乱させるなど、複数の航空機を組み合わせる必要がある。
航空自衛隊で保有していないのは、電子戦機だけだったが、2008年から2人乗りのF15DJ戦闘機を改修、電子妨害装置を搭載するための開発に取り組み、成功した。
攻撃に欠かせない爆弾は、日本の演習場でできなかった実弾の投下訓練をグアムで行い、2012年から衛星利用測位システム(GPS)を利用した精密誘導装置付き爆弾(JDAM)を導入。より正確な爆撃のため、2014年からイラク戦争で米軍が使ったのと同じタイプのレーザー光線で誘導するレーザーJDAMも導入し、F2戦闘機による投下で目標に命中させている。
これらの航空機や爆弾を組み合わせれば、米軍に近い敵基地攻撃能力を持つことになるのである。
だが、北朝鮮のミサイル基地は中国国境に近く、攻撃すれば中国を刺激しないわけにはいかないこと、また北朝鮮の軍事施設の7割は地下化されていることから、意図通りに攻撃を成功させるのは不可能に近い。
1カ所でも撃ち漏らしがあれば、日本列島に弾道ミサイルが飛来するおそれがある。
敵基地攻撃能力の保有は攻撃力ばかりでなく、抑止力にもなる、との見方がある。
抑止力とは、「侵略を行えば耐え難い損害を被ることを明白に認識させることにより、侵略を思いとどまらせるという機能」(政府見解)である以上、どれほどの犠牲も強いてでも攻撃を仕掛けようとする相手には通用しない。
そんな相手が北朝鮮の金正恩労働党委員長ではないだろうか。敵基地攻撃能力の保有というせっかくの備えも、無駄金を投じたのと同じことにならないだろうか。
日本政府は自衛隊が持つ弾道ミサイル防衛システムに加え、新型の地対空迎撃ミサイル「イージス・アショア」を追加配備する方針を決めている。「イージス・アショア」は現行の中期防には記載がないことから、中期防を改定する必要がある。中期防は大綱と歩調を合わせるため、大綱も改定され、来年度から新大綱、新中期防となるだろう。
その時には、敵基地攻撃についても具体的に踏み込んで記述されることが想定される。そうなれば、来年度防衛費の「島嶼防衛用高速滑空弾(ミサイル)」 「島嶼防衛用新対艦誘導弾(ミサイル)」にある「島嶼防衛用」の言葉をいつでも「敵基地攻撃用」に切り替えることができるようになる。
国是である「専守防衛」を、ミサイル保有などの既成事実を積み重ねることにより、なし崩しのうちに変えてしまってもよいのだろうか。閣議決定だけで変更可能な大綱、中期防によって、国是を骨抜きにしてよいはずがない。
敵基地攻撃能力の保有により、自衛隊の武器体系は大幅に変更され、6年連続して増える防衛費をさらに押し上げる要因になるのは確実である。国会審議を通じて、日本防衛のあり方を国民的議論に高めていく必要がある。
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※敵基地攻撃:弾道ミサイルの発射基地など敵の基地を攻撃すること。1956年、鳩山一郎内閣は「誘導弾等の攻撃を受けて、これを防御する手段がないとき、独立国として自衛権を持つ以上、座して死を待つべしというのが憲法の趣旨ではない」として合憲との見解を示した。
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自衛隊の能力を表すキーワードのひとつは今後、「長距離攻撃」になるかもしれない。「専守防衛」の国是のもと、兵力増強を防御的兵器の導入にとどめてきた自衛隊だが、その裏では、ヤリの穂先を磨くようにひそかに攻撃力を高め続けてきた。
先月末、防衛省が要求を決めた過去最高額となる5兆2551億円もの来年度防衛費の内訳をみると、長距離すなわち他国の領土も射程に入れることが可能なミサイルが複数含まれ、自衛隊が方向転換しつつある事実を浮き彫りにしている。
今年3月、自民党政調会の検討チームとして「敵基地攻撃能力」の保有を安倍晋三首相に提言した小野寺五典防衛相のもと、核・ミサイル開発を続ける「北朝鮮の脅威」が追い風になりつつある。
とはいえ、来年度防衛費の概算要求に「敵基地攻撃」の項目はなく、長射程ミサイルは「島嶼(とうしょ)防衛」の項目に登場する。
そのひとつが「島嶼防衛用高速滑空弾(ミサイル)」 である。本腰を入れるため7年間かけて研究し、初年度となる来年度は研究費100億円を計上した。
ロケットのように打ち上げ、上昇後、切り離された弾頭部がグライダーのように滑空して敵を攻撃する。いわば弾道ミサイルと巡航ミサイルを組み合わせた構造で、飛び方を予測しにくくして、迎撃を避ける工夫をしているのが特徴だ。
宇宙空間には飛び出さないものの、得られる効果は弾道ミサイルが落下して甚大な被害を与える場合と変わりない。
防衛省の担当者は、「島嶼が占領された場合に活用する。例えば宮古島から与那国島は250kmあるが、自衛隊はこれほど長射程のミサイルは保有していない」と必要性を強調する。沖縄県の宮古島、石垣島などへの配備を計画している陸上自衛隊のミサイル部隊が持つことになるという。
例えば宮古島から与那国島への攻撃を想定しているなら、「その時、侵攻してくる敵から最初に島を守るはずの海上自衛隊と航空自衛隊は全滅しているのか」と突っ込みたくなるが、矛盾しているのは、この「島嶼防衛用高速滑空弾」を「陸上自衛隊が保有する」とだけ防衛省が説明しているからである。
もちろん、この装備の狙いはそんなところでは終わらない。高速滑空ミサイルのロケット部分を大型化し、より長射程のミサイルとして護衛艦から発射すれば、他国の領土を攻撃することも十分可能である。正直にそう言えないから、奇妙な説明になるのだろう。
実は防衛省が防衛庁だった2004年、まったく同じ性能のミサイル研究を次期の「中期防衛力整備計画」(2005~09年度)に盛り込もうとしたことがある。
与党の安全保障プロジェクトチームへ説明する中で、防衛庁は「離島を侵攻された場合の反撃用で、射程は300km以内。他国の領土には届かず、攻撃的な兵器ではない」と理解を求めた。
これに対し、公明党議員から「あまりにも唐突だ」「日本の技術をもってすれば射程を伸ばすのは簡単で、近隣国に届くものにできる」との批判が噴出して了承されず、防衛庁が削除したいきさつがある。
当時、北朝鮮は核実験を1回も行っておらず、日本列島を越える弾道ミサイルは1998年に1回発射しただけ。既に6回核実験を行い、日本列島越えの経路で5回も弾道ミサイルを発射している現在とでは明らかに北朝鮮の脅威度が違う。
今このタイミングを狙って、防衛省が一度は消えた地対地ミサイルの研究を蘇らせたのは間違いない。公明党も賛成すると見込んで概算要求案に盛り込んだ裏には、北朝鮮の攻勢に乗じて自衛隊に敵基地攻撃能力を保有させようとする意図が透けてみえる。
来年度防衛費に盛り込まれた2つ目の長距離ミサイルは「島嶼防衛用新対艦誘導弾(ミサイル)」だ。空気を取り込んで長時間飛び続けるターボファンエンジンを搭載して長射程化を図り、さらにレーダーに映りにくいステルス性を持つ外観となっている。
島嶼を攻撃する敵艦艇をより遠距離で迎え撃つとし、来年度防衛費に研究費77億円を計上、5年間かけて研究する。
対艦ミサイルとはいうものの、地図データとミサイル搭載の高度計を組み合わせて地上攻撃用の巡航ミサイルとするのはそう難しくない。戦闘機に搭載して発射することや護衛艦から発射することも可能で、敵基地攻撃の切り札に発展する可能性を秘めている。
敵基地攻撃能力について、防衛省は「自衛隊は敵基地攻撃を目的とした装備体系は保有していない。保有する計画もない」(9月5日の参院外交防衛委員会、山本朋広防衛副大臣)との立場を表明している。
だが、言葉通りに受けとめることはできない。
2013年12月17日、第二次安倍政権下で閣議決定された「防衛計画の大綱」(大綱)と「中期防衛力整備計画」(中期防、2014~18年度)は「弾道ミサイル発射手段への対応能力のあり方を検討し、必要な措置を講じる」と、敵基地攻撃の検討開始に踏み込んでいるからである。
敵基地攻撃能力の保有は、海外における武力行使も視野に入れた安倍政権の「積極的平和主義」と共鳴し、来年度防衛費の策定を通じて、いよいよ水面下から浮上しようとしている。
かつて政府は自衛隊が保有できる兵器を「自衛のための必要最小限度のものでなければならない」とし、攻撃的兵器の保有を禁じてきた。
これを受けて防衛省(庁)は、戦闘機の航続距離が長いと周辺国の脅威になりかねないとの理由から、米国から導入したF4戦闘機から空中給油装置を取り外した。だが、1980年代に調達したF15以降の戦闘機はすべて空中給油装置を外すことをやめている。
さらに飛行しながら燃料供給できる空中給油機を4機導入して航続距離の問題を解消させた。また戦闘機を指揮できる管制機能を持つ高性能の空中警戒管制機(AWACS)4機と早期警戒機(E2C)13機を保有した。
敵基地攻撃は、戦闘機が空中給油を受けながら長距離を飛行し、同時にAWACSの航空管制を受ける。敵基地が近づくと電子戦機が妨害電波を出して地上レーダーや対空ミサイルを攪乱させるなど、複数の航空機を組み合わせる必要がある。
航空自衛隊で保有していないのは、電子戦機だけだったが、2008年から2人乗りのF15DJ戦闘機を改修、電子妨害装置を搭載するための開発に取り組み、成功した。
攻撃に欠かせない爆弾は、日本の演習場でできなかった実弾の投下訓練をグアムで行い、2012年から衛星利用測位システム(GPS)を利用した精密誘導装置付き爆弾(JDAM)を導入。より正確な爆撃のため、2014年からイラク戦争で米軍が使ったのと同じタイプのレーザー光線で誘導するレーザーJDAMも導入し、F2戦闘機による投下で目標に命中させている。
これらの航空機や爆弾を組み合わせれば、米軍に近い敵基地攻撃能力を持つことになるのである。
だが、北朝鮮のミサイル基地は中国国境に近く、攻撃すれば中国を刺激しないわけにはいかないこと、また北朝鮮の軍事施設の7割は地下化されていることから、意図通りに攻撃を成功させるのは不可能に近い。
1カ所でも撃ち漏らしがあれば、日本列島に弾道ミサイルが飛来するおそれがある。
敵基地攻撃能力の保有は攻撃力ばかりでなく、抑止力にもなる、との見方がある。
抑止力とは、「侵略を行えば耐え難い損害を被ることを明白に認識させることにより、侵略を思いとどまらせるという機能」(政府見解)である以上、どれほどの犠牲も強いてでも攻撃を仕掛けようとする相手には通用しない。
そんな相手が北朝鮮の金正恩労働党委員長ではないだろうか。敵基地攻撃能力の保有というせっかくの備えも、無駄金を投じたのと同じことにならないだろうか。
日本政府は自衛隊が持つ弾道ミサイル防衛システムに加え、新型の地対空迎撃ミサイル「イージス・アショア」を追加配備する方針を決めている。「イージス・アショア」は現行の中期防には記載がないことから、中期防を改定する必要がある。中期防は大綱と歩調を合わせるため、大綱も改定され、来年度から新大綱、新中期防となるだろう。
その時には、敵基地攻撃についても具体的に踏み込んで記述されることが想定される。そうなれば、来年度防衛費の「島嶼防衛用高速滑空弾(ミサイル)」 「島嶼防衛用新対艦誘導弾(ミサイル)」にある「島嶼防衛用」の言葉をいつでも「敵基地攻撃用」に切り替えることができるようになる。
国是である「専守防衛」を、ミサイル保有などの既成事実を積み重ねることにより、なし崩しのうちに変えてしまってもよいのだろうか。閣議決定だけで変更可能な大綱、中期防によって、国是を骨抜きにしてよいはずがない。
敵基地攻撃能力の保有により、自衛隊の武器体系は大幅に変更され、6年連続して増える防衛費をさらに押し上げる要因になるのは確実である。国会審議を通じて、日本防衛のあり方を国民的議論に高めていく必要がある。
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※敵基地攻撃:弾道ミサイルの発射基地など敵の基地を攻撃すること。1956年、鳩山一郎内閣は「誘導弾等の攻撃を受けて、これを防御する手段がないとき、独立国として自衛権を持つ以上、座して死を待つべしというのが憲法の趣旨ではない」として合憲との見解を示した。
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