先月の後半に(9月21日の22時55分に)行った投稿の再掲です。
「私は休日を外で過ごす事は好きで、美味しい物を食べる事、自然の中を散歩する事、温泉に入浴する・温泉旅館等の温泉宿泊施設に宿泊する事、芸術や花を愛でる(鑑賞する)事等は、好きなのですが、本格的な登山やキャンプ等のアウトドアは好みません。
私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになりました。」
日本には、非常に多くの、公立の美術館と私立(私営)の美術館があります。
松濤(syoutou)美術館は、私が暮らす、渋谷(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置している区)が運営している、公立の美術館です。私の街(渋谷(shibuya)区の中北部エリア(area))の南に隣接する渋谷(shibuya)区の中部エリア(area)にあります。
8月の第二金曜日(以下、この日と書きます。この日は、日本は、祝日(国民の休日)でした)は、電車(通勤電車)を使って、松濤(syoutou)美術館を訪れました。我が家から、電車(通勤電車)を使って、松濤(syoutou)美術館に行く場合、一度、電車(通勤電車)を乗り換える必要があると共に、遠回りとなり、一度、(渋谷(shibuya)区の)隣の区(世田谷(setagaya)区)に出なければならないのですが(電車(通勤電車)の、乗換駅の、下北沢(shimokitazawa)駅は、世田谷(setagaya)区に位置する)、電車(通勤電車)の便は良く、我が家の最寄りの通勤電車(電車)・地下鉄駅から、松濤(syoutou)美術館の、最寄りの通勤電車(電車)駅である、神泉(shinsen)駅までは、通勤電車(電車)で、10分から15分位です(途中の、乗換駅での、乗換え時間・通勤電車(電車)の待ち時間を含む。通勤電車(電車)に乗っている時間は、5分程)。
写真以下2枚。帰りに撮影した写真ですが、松濤(syoutou)美術館の、最寄りの通勤電車(電車)駅である、井の頭(inokashira)線(下の補足説明を参照)の、神泉(shinsen)駅。
井の頭(inokashira)線:渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)区で最大の繁華街であると共に、東京最大級の繁華街の一つ。渋谷(shibuya)区の中部エリア(area)に位置する)と吉祥寺(kichijyoji)(東京の西部郊外最大の繁華街。東京中心部(東京23区)に近い東京の西部郊外に位置する)を結ぶ電車(通勤電車)路線です(1933年に開業。路線延長12.7km)。
写真のトンネル(tunnel)は、おそらく、1933年(井の頭(inokashira)線の開業年)に建設された物じゃないかな。
井の頭(inokashira)線の、電車(通勤電車)車両は、伝統的に、7色(7つの色)に、塗り分けられています(7色(7つの色)の色の物があります)。
神泉(shinsen)駅から、松濤(syoutou)美術館までは、徒歩で(歩いて)5分程です。
前述の通り、松濤(syoutou)美術館は、私が暮らす渋谷(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置している区)が運営している、公立の美術館です。日本には、もちろん規模の大きな、公立美術館も、たくさんありますが、この様な、地域住民の為の、規模の小さな、公立美術館も、たくさんあります。松濤(syoutou)美術館は、企画展(exhibition)を中心とした美術館です(中々、興味深い展覧会(exhibition)を実施しています)。
ちなみに、この日は、金曜日でしたが、松濤(syoutou)美術館は、毎週金曜日は、渋谷(shibuya)区民は、無料で、入館出来ます(展覧会(exhibition)を見る事が出来ます)。この日は、日本は、祝日(国民の休日)且つ夏休み時期でしたが、松濤(syoutou)美術館は、穴場の美術館と言った感じであるので、空いていて、ゆったりと、展覧会(exhibition)を見る事が出来ました。
松濤(syoutou)美術館の建物は、1980年に完成したもので、設計は、日本の有名な建築家、白井 晟一(shirai
seiichi)(1905年生まれ。1983年に亡くなる)です。松濤(syoutou)美術館の建物の外壁には、赤味を帯びた韓国産の花崗岩が用いられています(したがって、韓国の方が、どことなく親しみを感じる、建物の外観かもしれません)。
写真以下5枚。パンフレット(leaflet)より。。。松濤(syoutou)美術館の建物。
写真以下6枚。松濤(syoutou)美術館の建物の一部。この日は、夕方から(午後4時過ぎから)、松濤(syoutou)美術館を訪れました。ちなみに、前述の通り、この日は、金曜日でしたが、松濤(syoutou)美術館は、金曜日は、夜の8時まで開館しています。
写真以下6枚。松濤(syoutou)美術館の内装例。
前述の通り、この日は、彼女と、松濤(syoutou)美術館で、この時、開催されていた、「ボーダレス(境界のない)ドールズ(人形達)」と言う展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)を見て来ました。この展覧会(exhibition)は、私も彼女も、ちょっと気になっていた、展覧会(exhibition)でした。
この展覧会(exhibition)、面白かったです(興味深かったです)。彼女も、面白かった(興味深かった)と言っていました。
以下、「」内。基本的に、松濤(syoutou)美術館の公式siteから抜粋して来た、この展覧会(exhibition)の概要です。
「日本の人形は、もはや、体系化することが難しいほどに、多様な種類があふれています。そして、日本の人形の歴史を振り返れば、民俗、考古、工芸、彫刻、玩具(おもちゃ)、現代美術と、実に、様々なジャンル(分野)のボーダーライン(境界)を、縦横無尽に飛び越えながらあり続けていることがわかります。
この展覧会(exhibition)は、そんな日本の人形の一括りにはできない複雑な様相を、あえて「芸術」という枠に押し込めず、多様性をもつ人形そのものとして紹介することで、日本の立体造形の根底に脈々と流れてきた精神を問うものです。
何かに縛られることなく軽やかに境界を越えていく日本の人形は、普段、私たちが囚われている「美術」、あるいは「芸術」という概念にさえ揺さぶりをかけます。私たちは一体何を「芸術」とし、何を「芸術」ではないとしているのか。それは果たして正しいのか。人形を通し、「芸術」そのものを考える機会となるでしょう。」
写真以下4枚。この展覧会(exhibition)の、パンフレット(leaflet)より。。。この展覧会(exhibition)の展示作品例。
写真右。村上
隆(murakami
takashi)(1962年生まれ。日本の、世界的に有名な、現代美術artist)の作品(1997年の作品)です(とても大きな作品です)。村上
隆(murakami
takashi)は、日本の、アニメ・漫画から強い影響を受けている事が、特徴の一つとなっています。写真左。人形代(hitokatashiro)。8世紀から9世紀頃。人形代(hitokatashiro)は、元々、中国から伝わり、6世紀から8世紀頃から、日本で使われる様になった、人の形を模した、呪術品で、病気や厄災を追い出す為や、人を呪う為に使われました。
写真一番下。「快復する私たちの身体」。2020年。工藤 千尋(kudo chihiro)(下の補足説明を参照)作。
工藤
千尋(kudo
chihiro):1981年生まれ。日本の、女性、現代美術artist・人形作家。秋田(akita)市(日本の東北地方に位置する、人口30万人程の、中都市(中規模程度の人口を有する都市)。秋田(akita)県(日本の東北地方に位置する県の一つ)の中心都市)出身。秋田(akita)市を拠点に活動している。
工藤
千尋(kudo chihiro)は、2017年の、川崎(kawasaki)市、岡本 太郎(okamoto
taro)美術館の、(2017年の)岡本太郎(okamoto
taro)現代芸術賞(TARO賞)の入選作品を展示する、展覧会(exhibition)で、その作品が展示されていた様です。
以下、川崎(kawasaki)市、岡本 太郎(okamoto taro)美術館、及び、岡本太郎(okamoto taro)現代芸術賞(TARO賞)の入選作品を展示する、展覧会(exhibition)に関する参考の投稿。
鯉のぼり(日本の伝統的な風習)他(川崎(kawasaki)市、岡本 太郎(okamoto taro)美術館を含む)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3532447/page/13?&sfl=membername&stx=nnemon2
縄文(Jomon)土器と岡本
太郎(okamoto taro)他(川崎(kawasaki)市、岡本 太郎(okamoto
taro)美術館・2022年の、岡本太郎(okamoto
taro)現代芸術賞(TARO賞)の入選作品を展示する、展覧会(exhibition)を含む)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3532446/page/13?&sfl=membername&stx=nnemon2
枡形(masugata)城(castle)他(2022年の、岡本太郎(okamoto taro)現代芸術賞(TARO賞)の入選作品を展示する、展覧会(exhibition)を含む)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3532445/page/13?&sfl=membername&stx=nnemon2
一番上の右。松本
喜三郎(matsumoto
kisaburou)(1825年生まれ。1891年に亡くなる。日本の代表的な、生人形(ikiningyou)の、作家の一人)の、生人形(ikiningyou)作品。1875年。生人形(ikiningyou)は、19世紀後半に、日本で盛んに制作された、まるで、生きている様に(本物の人間の様に)見えるように、精巧に制作された、大衆向けの、娯楽展示用の人形です。
一番上の左。人形代(hitokatashiro)。8世紀から9世紀頃。前述の通り、人形代(hitokatashiro)は、元々、中国から伝わり、6世紀から8世紀頃から、日本で使われる様になった、人の形を模した、呪術品で、病気や厄災を追い出す為や、人を呪う為に使われました。
真ん中。長野(nagano)県(日本の中部地方に位置する県)の、木彫りの、置物・玩具(おもちゃ)。1920年代から1930年代。
一番下の右。日本の伝統的な人形。18世紀から19世紀。
一番下の左。向井 良吉(mukai ryoukichi)(下の補足説明を参照)の作品。1952年。
向井
良吉(mukai
ryoukichi):1918年生まれ。2010年に亡くなる。日本の、現代彫刻家。1946年に、マネキン人形(mannequin)製作会社を創業し、第二次世界大戦後の、日本の、マネキン人形(mannequin)業界の発展にも寄与した。
写真一番上。生人形(ikiningyou)。1900年代から1910年代初め頃。三代目、安本 亀八(yasumoto kamehachi)作。
写真下の右。三人
舞妓(maiko)。1924年。小島 与一(kojima
yoichi)(下の補足説明を参照)作の、博多(hakata)人形(福岡(fukuoka)県(九州(kyusyu)(日本の南部)の北部に位置する県)の伝統的な人形)。この作品は、1925年の、パリ(Paris)万国博覧会(International
Exhibition of Modern Decorative and Industrial Arts)で、銀賞を、受賞しました。
小島 与一(kojima yoichi):1886年生まれ。1970年に亡くなる。博多(hakata)人形の、作家。
写真下の左。BOME(下の補足説明を参照)の作品。2018年。
BOME:1961年生まれ。日本の、フィギュア(model
figure)の原型師。1980年代から活躍。日本の、アニメ(anime)・漫画を題材とした又はアニメ(anime)・漫画の影響を受けた、美少女の、フィギュア(model
figure)の造形を開拓した先駆者(wikiを参考にしました)。
写真以下4枚。おまけ。この時、松濤(syoutou)美術館に置いてあった、下瀬(shimose)美術館(下の補足説明を参照)で、今年の10月1日から来年の1月14日まで、開催予定の、四谷 シモン(yotsuya shimon)(下の補足説明を参照)と金子 國義(kaneko kuniyoshi)(下の補足説明を参照)の作品の展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より、この展覧会(exhibition)の、展示作品例。ちなみに、この時、松濤(syoutou)美術館で行われていた展覧会(exhibition)、「ボーダレス(境界のない)ドールズ(人形達)」では、四谷 シモン(yotsuya shimon)の作品も展示されていました。
下瀬(simose)美術館:最近(今年の3月1日に)開館した、大竹(ootake)市(広島(hiroshima)県にある、人口、2万5千人程の、小都市)にある、4万6千平方m(約1万4千坪)の敷地面積(併設する宿泊施設等を含む)を有する美術館。1958年創業の、広島(hiroshima)の、資材会社の、創業者夫妻の娘(その、広島(hiroshima)の、資材会社の、現在の社長)が、創業者夫妻及び自身の(自分の)、幅の広い、美術品・工芸品等のコレクション(collection)を収蔵・展示する為に、開設した、私営の美術館です。美術館の建物の設計は、坂
茂(ban
shigeru。1957年生まれ。日本の、世界最高水準の建築家の一人)が手掛ました。下瀬(simose)美術館は、東京から遠いですが、(別に、今すぐでなくても良いですが)、いつか、機会があれば、訪れてみたいと思っています。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「日本には、もちろん公営美術館も全国に、たくさんありますが、私営美術館も、全国たくさんあり、私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開する目的の物です。この様に、日本全国に、たくさんある私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開している物ですが、中には、中々、質の高い、美術品を、収蔵、公開している私営美術館も、かなりあり、(入場料こそ取られるものの)、一般庶民もこうした収集品を見る事が出来て、公立の美術館・博物館以外でも、質の高い美術品に身近に接する機会が与えられていると言う点で、利益を受けています。」
四谷
シモン(yotsuya shimon):1944年生まれ。四谷 シモン(yotsuya
shimon)は、雅号(pseudonym)。1960年代から活動し、1970年代から活躍している、日本の、人形作家。ちなみに、四谷
シモン(yotsuya shimon)と金子 國義(kaneko
kuniyoshi)は、互いの美意識を認め合う友人として、長年、親交を深めていた様です(下瀬(shimose)美術館で、10月1日から開催される予定の、四谷
シモン(yotsuya shimon)と金子 國義(kaneko
kuniyoshi)の、展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より。。。)。
金子 國義(kaneko
kuniyoshi):1936年生まれ。2015年に亡くなる。1960年代頃から活躍していた、日本の、画家・挿絵画家。「不思義の国のアリス(Alice
in
Wonderland)」の絵本の挿絵等も手掛ける。ちなみに、L’Arc〜en〜Ciel(1990年代初期の頃から活動を行い、1990年代中期頃から活躍している(特に、1990年代中期から2010年代初め頃まで人気が高かった)、日本の、rock
band)の、中心人物であり、lead vocalistの、Hyde(1969年生まれ。本名は、寶井 秀人(takarai
hideto))は、金子 國義(kaneko kuniyoshi)の作品が、とても好きで、金子 國義(kaneko
kuniyoshi)と親交を深めていた様です(wiki等を参考にしました)。
ちなみに、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「不思議な国のアリス(Alice in Wonderland)は、彼女が、子供の頃から、好きな作品です。」
写真左側。四谷 シモン(yotsuya shimon)の作品。写真右側。金子 國義(kaneko kuniyoshi)の作品。
写真上側。左から、「ジャンピング」(金子 國義(kaneko kuniyoshi)の作品)、「手鏡」(金子 國義(kaneko kuniyoshi)の作品)、「最初の贈り物」(金子 國義(kaneko kuniyoshi)の作品)。
写真下側。「天使 しぶさわ(漢字で書くとkjのバグにより、投稿文、全てが、翻訳されなくなる様なので平仮名で書きます。以下同様)龍彥(shibusawa tatsuhiko)に捧ぐ」。四谷 シモン(yotsuya shimon)作。しぶさわ 龍彥(shibusawa
tatsuhiko)(1928年生まれ。1987年に亡くなる)は、日本の、小説家、評論家、フランス文学者です。1950年代に、マルキ・ド・サド(Marquis
de Sade)を、最初に、日本に紹介した人物として、又、マルキ・ド・サド(Marquis de
Sade)の作品の、日本語翻訳者としても知られています。ちなみに、金子 國義(kaneko kuniyoshi)は、しぶさわ
龍彥(shibusawa tatsuhiko)の作品の挿絵も手掛けています。また、四谷 シモン(yotsuya shimon)は、しぶさわ龍彥(shibusawa tatsuhiko)が、1965年に、日本の女性向けの雑誌で紹介した、ハンス・ベルメール(Hans
Bellmer)の、球体関節人形(ball-jointed dol)に、衝撃を受け、以降、球体関節人形(ball-jointed
dol)を制作する様になりました(wikiを参考にしました)。
「機械仕掛けの少年2」。四谷 シモン(yotsuya shimon)作。
松濤(syoutou)美術館で、展覧会(exhibition)を見た後は、帰りに、途中、電車(通勤電車)の乗換駅の、下北沢(shimokitazawa)駅で、一度、駅の改札を出て、彼女の希望で、下北沢(shimokitazawa)の、チーズケーキ(cheesecake)店で、チーズケーキ(cheesecake)を買ってから、再び、電車(通勤電車)に乗り、我が家に、帰って来ました。下北沢(shimokitazawa)は、私の街(渋谷区(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置する区)の中北部area)の、西の隣街の(西に隣接する)、世田谷(setagaya)区(東京中心部(東京23区)の西端に位置する区)の中北東部(中北東端部)areaにある、学生等の、若者に人気が高い繁華街です。下北沢(shimokitazawa)は、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅から、電車(通勤電車)で、2分から3分程です。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、下北沢(shimokitazawa)に関する参考の投稿。
カップケーキ(cupcake)の歴史他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3513789/page/14?&sfl=membername&stx=nnemon2
この日の夕食は、彼女と我が家で食べ、この日の夕食の、メイン(main)料理は、ハンバーグ(hamburger steak)にしました。ちなみに、私も、彼女も、ハンバーグ(hamburger steak)は、好きな食べ物です。
ちなみに、この日の夕食時は、私は、飲み物は、お酒は、主に、赤ワイン(wine)を飲みました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は、両親とも、酒に強くて酒飲みでw、遺伝により、酒は強いです(私は、酒が強く、酒をいくら飲んでも、顔色が、全く、変わらないタイプです)。酒は、基本、どんなに飲んでも酒に飲まれる事はありませんw
それは、ウイスキーをストレートでボトル1本を超えて、比較的短時間で飲めば、時間差で後から腰は抜けますが(学生の頃の話w)、どんなに飲んでも、性格は、普段よりも陽気で上機嫌になる位で、大きくは変わりません。
日本酒、ワイン、ウイスキー、ビール、焼酎なんでも行けますが、私は、お酒の飲み方は、本来的には、ウイスキーの様な、濃いお酒を、ロックで、チビリチビリと飲むのが好きです。
ちなみに、彼女は、お酒が弱いです。」
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「ちなみに、私は、肉が好きです(彼女も、肉は、好きです)。ちなみに、私も彼女も、野菜も、多く食べています。」
「私も、彼女も、ご飯(rice)食い(ご飯(rice)を、比較的、たくさん食べるタイプ)ではなく、おかず食い(おかずを、比較的、たくさん食べるタイプ)です。」
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。ちなみに、この日の夕食時も、野菜サラダ(salad)(手作り)を食べました。
「我が家の、普段の、朝食又は(休みの日の)遅い朝食兼昼食は、パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yogurt)と言った内容であり、又、我が家で、夕食を食べる時は、野菜サラダ(salad)を食べる事が、多い事から、我が家の、ドレッシング(dressing)の、需要は、大きいです。
我が家には、常時、概ね、3、4種類の(少なくとも3種類の)、ドレッシング(dressing)を買って使えるように用意しています(特に、どのドレッシング(dressing)とか決まっている訳ではありません)。」
この日の夕食の、メイン(main)料理の、ハンバーグ(hamburger steak)の、挽肉は、国産(日本産)の牛肉と、国産(日本産)の豚肉の、合挽肉(牛肉7:豚肉3位の割合の物)を、435g使いました。
この日の夕食の、ハンバーグ(hamburger
steak)は、三國 清三(mikuni
kiyomi)さん(日本の、有名な、フランス料理のchef)の、以下の動画(すぐ下でリンクを付けた動画)のレシピ(調理法)を参考にして作りました。この日の、ハンバーグ(hamburger
steak)の、ソース(sauce)も、三國 清三(mikuni
kiyomi)さん(日本の、有名な、フランス料理のchef)の、以下の動画(すぐ下でリンクを付けた動画)のレシピ(調理法)を参考にして作りました。
『ハンバーグの焼き方講座』肉汁が溢れない?!シェフがお悩み解決!→
https://youtu.be/e6KCOQkTSec?si=V6Uc6aO0HlXQSg7H
この日の夕食の、メイン(main)料理の、ハンバーグ(hamburger
steak)。私と彼女、共同の手作り。彼女と、ワイワイ、2人共同作業で料理をするのも、楽しいものです。一人、2個ずつ食べました。美味しく出来ました(美味しかったです)。彼女も、美味しいと言って食べていました。ちなみに、この日の夕食時は、私も彼女も、ご飯(rice)・パンは、ご飯(rice)を食べました(ちなみに、ハンバーグ(hamburger
steak)は、パンだけでなく、ご飯(rice)にも合います)。ちなみに、前述の通り、私も、彼女も、ご飯(rice)食い(ご飯(rice)を、比較的、たくさん食べるタイプ)ではなく、おかず食い(おかずを、比較的、たくさん食べるタイプ)です。
以下4つの投稿。我が家の、ハンバーグ(hamburger steak)に関する、参考の投稿(我が家の、ハンバーグ(hamburger steak)を含む投稿)。
オートミールの歴史/フィンランドの伝統料理他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3634575/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2
ブルーチーズ(blue cheese)の歴史他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3676908/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
70年近い歴史を有する梅の名所の公園他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3644070/page/3?&sfl=membername&stx=nnemon2
肉じゃが(nikujyaga)の歴史他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3579474/page/5?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。この日の夕食の、デザート(dessert)。この日、帰りに、下北沢(shimokitazawa)の、チーズケーキ(cheesecake)店(以下、このチーズケーキ(cheesecake)店と書きます)に寄って、買って来た、チーズケーキ(cheesecake)。このチーズケーキ(cheesecake)店は、一昨年(2021年)の5月に、オープン(open)した、比較的、新しい店です。このチーズケーキ(cheesecake)店の、チーズケーキ(cheesecake)は、美味しいです。
何れの、ケーキ(cake)も、彼女と選んだ物で、何れの、ケーキ(cake)も、2人で(彼女と)、分けて食べました。
写真以下2枚。ラムレーズン(rum raisin)とブルーチーズ(blue cheese)の、チーズケーキ(cheesecake)。
チョコバナナ(chocolate banana)とシナモンクッキー(cinnamon cookies)の、チーズケーキ(cheesecake)。
この日は、彼女は、我が家に泊まりました。
この翌日に関しては、以下の(すぐ下でリンクを付けた)投稿を参照して下さい。
歌川広重 名所江戸百景 両国花火他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3711671/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、最近の投稿。
エクレア・ラスク(ヨーロッパの伝統菓子)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3729046?&sfl=membername&stx=nnemon2
先月の後半に(9月21日の22時55分に)行った投稿の再掲です。
「私は休日を外で過ごす事は好きで、美味しい物を食べる事、自然の中を散歩する事、温泉に入浴する・温泉旅館等の温泉宿泊施設に宿泊する事、芸術や花を愛でる(鑑賞する)事等は、好きなのですが、本格的な登山やキャンプ等のアウトドアは好みません。
私は、交際する女性との趣味が合うか合わないかと言う事は、若い頃は気にしなかったのですが、成熟した大人になってからは、私と趣味が合う女性を好きになるプラス交際相手の女性が、私色に染まってw、私と趣味が合って来ると言う事を合わせて、私と趣味が合う女性と交際するようになりました。」
日本には、非常に多くの、公立の美術館と私立(私営)の美術館があります。
松濤(syoutou)美術館は、私が暮らす、渋谷(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置している区)が運営している、公立の美術館です。私の街(渋谷(shibuya)区の中北部エリア(area))の南に隣接する渋谷(shibuya)区の中部エリア(area)にあります。
8月の第二金曜日(以下、この日と書きます。この日は、日本は、祝日(国民の休日)でした)は、電車(通勤電車)を使って、松濤(syoutou)美術館を訪れました。我が家から、電車(通勤電車)を使って、松濤(syoutou)美術館に行く場合、一度、電車(通勤電車)を乗り換える必要があると共に、遠回りとなり、一度、(渋谷(shibuya)区の)隣の区(世田谷(setagaya)区)に出なければならないのですが(電車(通勤電車)の、乗換駅の、下北沢(shimokitazawa)駅は、世田谷(setagaya)区に位置する)、電車(通勤電車)の便は良く、我が家の最寄りの通勤電車(電車)・地下鉄駅から、松濤(syoutou)美術館の、最寄りの通勤電車(電車)駅である、神泉(shinsen)駅までは、通勤電車(電車)で、10分から15分位です(途中の、乗換駅での、乗換え時間・通勤電車(電車)の待ち時間を含む。通勤電車(電車)に乗っている時間は、5分程)。
写真以下2枚。帰りに撮影した写真ですが、松濤(syoutou)美術館の、最寄りの通勤電車(電車)駅である、井の頭(inokashira)線(下の補足説明を参照)の、神泉(shinsen)駅。
井の頭(inokashira)線:渋谷(shibuya)(渋谷(shibuya)区で最大の繁華街であると共に、東京最大級の繁華街の一つ。渋谷(shibuya)区の中部エリア(area)に位置する)と吉祥寺(kichijyoji)(東京の西部郊外最大の繁華街。東京中心部(東京23区)に近い東京の西部郊外に位置する)を結ぶ電車(通勤電車)路線です(1933年に開業。路線延長12.7km)。
写真のトンネル(tunnel)は、おそらく、1933年(井の頭(inokashira)線の開業年)に建設された物じゃないかな。
井の頭(inokashira)線の、電車(通勤電車)車両は、伝統的に、7色(7つの色)に、塗り分けられています(7色(7つの色)の色の物があります)。
神泉(shinsen)駅から、松濤(syoutou)美術館までは、徒歩で(歩いて)5分程です。
前述の通り、松濤(syoutou)美術館は、私が暮らす渋谷(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置している区)が運営している、公立の美術館です。日本には、もちろん規模の大きな、公立美術館も、たくさんありますが、この様な、地域住民の為の、規模の小さな、公立美術館も、たくさんあります。松濤(syoutou)美術館は、企画展(exhibition)を中心とした美術館です(中々、興味深い展覧会(exhibition)を実施しています)。
ちなみに、この日は、金曜日でしたが、松濤(syoutou)美術館は、毎週金曜日は、渋谷(shibuya)区民は、無料で、入館出来ます(展覧会(exhibition)を見る事が出来ます)。この日は、日本は、祝日(国民の休日)且つ夏休み時期でしたが、松濤(syoutou)美術館は、穴場の美術館と言った感じであるので、空いていて、ゆったりと、展覧会(exhibition)を見る事が出来ました。
松濤(syoutou)美術館の建物は、1980年に完成したもので、設計は、日本の有名な建築家、白井 晟一(shirai
seiichi)(1905年生まれ。1983年に亡くなる)です。松濤(syoutou)美術館の建物の外壁には、赤味を帯びた韓国産の花崗岩が用いられています(したがって、韓国の方が、どことなく親しみを感じる、建物の外観かもしれません)。
写真以下5枚。パンフレット(leaflet)より。。。松濤(syoutou)美術館の建物。
写真以下6枚。松濤(syoutou)美術館の建物の一部。この日は、夕方から(午後4時過ぎから)、松濤(syoutou)美術館を訪れました。ちなみに、前述の通り、この日は、金曜日でしたが、松濤(syoutou)美術館は、金曜日は、夜の8時まで開館しています。
写真以下6枚。松濤(syoutou)美術館の内装例。
前述の通り、この日は、彼女と、松濤(syoutou)美術館で、この時、開催されていた、「ボーダレス(境界のない)ドールズ(人形達)」と言う展覧会(exhibition)(以下、この展覧会(exhibition)と書きます)を見て来ました。この展覧会(exhibition)は、私も彼女も、ちょっと気になっていた、展覧会(exhibition)でした。
この展覧会(exhibition)、面白かったです(興味深かったです)。彼女も、面白かった(興味深かった)と言っていました。
以下、「」内。基本的に、松濤(syoutou)美術館の公式siteから抜粋して来た、この展覧会(exhibition)の概要です。
「日本の人形は、もはや、体系化することが難しいほどに、多様な種類があふれています。そして、日本の人形の歴史を振り返れば、民俗、考古、工芸、彫刻、玩具(おもちゃ)、現代美術と、実に、様々なジャンル(分野)のボーダーライン(境界)を、縦横無尽に飛び越えながらあり続けていることがわかります。
この展覧会(exhibition)は、そんな日本の人形の一括りにはできない複雑な様相を、あえて「芸術」という枠に押し込めず、多様性をもつ人形そのものとして紹介することで、日本の立体造形の根底に脈々と流れてきた精神を問うものです。
何かに縛られることなく軽やかに境界を越えていく日本の人形は、普段、私たちが囚われている「美術」、あるいは「芸術」という概念にさえ揺さぶりをかけます。私たちは一体何を「芸術」とし、何を「芸術」ではないとしているのか。それは果たして正しいのか。人形を通し、「芸術」そのものを考える機会となるでしょう。」
写真以下4枚。この展覧会(exhibition)の、パンフレット(leaflet)より。。。この展覧会(exhibition)の展示作品例。
写真右。村上
隆(murakami
takashi)(1962年生まれ。日本の、世界的に有名な、現代美術artist)の作品(1997年の作品)です(とても大きな作品です)。村上
隆(murakami
takashi)は、日本の、アニメ・漫画から強い影響を受けている事が、特徴の一つとなっています。写真左。人形代(hitokatashiro)。8世紀から9世紀頃。人形代(hitokatashiro)は、元々、中国から伝わり、6世紀から8世紀頃から、日本で使われる様になった、人の形を模した、呪術品で、病気や厄災を追い出す為や、人を呪う為に使われました。
写真一番下。「快復する私たちの身体」。2020年。工藤 千尋(kudo chihiro)(下の補足説明を参照)作。
工藤
千尋(kudo
chihiro):1981年生まれ。日本の、女性、現代美術artist・人形作家。秋田(akita)市(日本の東北地方に位置する、人口30万人程の、中都市(中規模程度の人口を有する都市)。秋田(akita)県(日本の東北地方に位置する県の一つ)の中心都市)出身。秋田(akita)市を拠点に活動している。
工藤
千尋(kudo chihiro)は、2017年の、川崎(kawasaki)市、岡本 太郎(okamoto
taro)美術館の、(2017年の)岡本太郎(okamoto
taro)現代芸術賞(TARO賞)の入選作品を展示する、展覧会(exhibition)で、その作品が展示されていた様です。
以下、川崎(kawasaki)市、岡本 太郎(okamoto taro)美術館、及び、岡本太郎(okamoto taro)現代芸術賞(TARO賞)の入選作品を展示する、展覧会(exhibition)に関する参考の投稿。
鯉のぼり(日本の伝統的な風習)他(川崎(kawasaki)市、岡本 太郎(okamoto taro)美術館を含む)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3532447/page/13?&sfl=membername&stx=nnemon2
縄文(Jomon)土器と岡本
太郎(okamoto taro)他(川崎(kawasaki)市、岡本 太郎(okamoto
taro)美術館・2022年の、岡本太郎(okamoto
taro)現代芸術賞(TARO賞)の入選作品を展示する、展覧会(exhibition)を含む)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3532446/page/13?&sfl=membername&stx=nnemon2
枡形(masugata)城(castle)他(2022年の、岡本太郎(okamoto taro)現代芸術賞(TARO賞)の入選作品を展示する、展覧会(exhibition)を含む)→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3532445/page/13?&sfl=membername&stx=nnemon2
一番上の右。松本
喜三郎(matsumoto
kisaburou)(1825年生まれ。1891年に亡くなる。日本の代表的な、生人形(ikiningyou)の、作家の一人)の、生人形(ikiningyou)作品。1875年。生人形(ikiningyou)は、19世紀後半に、日本で盛んに制作された、まるで、生きている様に(本物の人間の様に)見えるように、精巧に制作された、大衆向けの、娯楽展示用の人形です。
一番上の左。人形代(hitokatashiro)。8世紀から9世紀頃。前述の通り、人形代(hitokatashiro)は、元々、中国から伝わり、6世紀から8世紀頃から、日本で使われる様になった、人の形を模した、呪術品で、病気や厄災を追い出す為や、人を呪う為に使われました。
真ん中。長野(nagano)県(日本の中部地方に位置する県)の、木彫りの、置物・玩具(おもちゃ)。1920年代から1930年代。
一番下の右。日本の伝統的な人形。18世紀から19世紀。
一番下の左。向井 良吉(mukai ryoukichi)(下の補足説明を参照)の作品。1952年。
向井
良吉(mukai
ryoukichi):1918年生まれ。2010年に亡くなる。日本の、現代彫刻家。1946年に、マネキン人形(mannequin)製作会社を創業し、第二次世界大戦後の、日本の、マネキン人形(mannequin)業界の発展にも寄与した。
写真一番上。生人形(ikiningyou)。1900年代から1910年代初め頃。三代目、安本 亀八(yasumoto kamehachi)作。
写真下の右。三人
舞妓(maiko)。1924年。小島 与一(kojima
yoichi)(下の補足説明を参照)作の、博多(hakata)人形(福岡(fukuoka)県(九州(kyusyu)(日本の南部)の北部に位置する県)の伝統的な人形)。この作品は、1925年の、パリ(Paris)万国博覧会(International
Exhibition of Modern Decorative and Industrial Arts)で、銀賞を、受賞しました。
小島 与一(kojima yoichi):1886年生まれ。1970年に亡くなる。博多(hakata)人形の、作家。
写真下の左。BOME(下の補足説明を参照)の作品。2018年。
BOME:1961年生まれ。日本の、フィギュア(model
figure)の原型師。1980年代から活躍。日本の、アニメ(anime)・漫画を題材とした又はアニメ(anime)・漫画の影響を受けた、美少女の、フィギュア(model
figure)の造形を開拓した先駆者(wikiを参考にしました)。
写真以下4枚。おまけ。この時、松濤(syoutou)美術館に置いてあった、下瀬(shimose)美術館(下の補足説明を参照)で、今年の10月1日から来年の1月14日まで、開催予定の、四谷 シモン(yotsuya shimon)(下の補足説明を参照)と金子 國義(kaneko kuniyoshi)(下の補足説明を参照)の作品の展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より、この展覧会(exhibition)の、展示作品例。ちなみに、この時、松濤(syoutou)美術館で行われていた展覧会(exhibition)、「ボーダレス(境界のない)ドールズ(人形達)」では、四谷 シモン(yotsuya shimon)の作品も展示されていました。
下瀬(simose)美術館:最近(今年の3月1日に)開館した、大竹(ootake)市(広島(hiroshima)県にある、人口、2万5千人程の、小都市)にある、4万6千平方m(約1万4千坪)の敷地面積(併設する宿泊施設等を含む)を有する美術館。1958年創業の、広島(hiroshima)の、資材会社の、創業者夫妻の娘(その、広島(hiroshima)の、資材会社の、現在の社長)が、創業者夫妻及び自身の(自分の)、幅の広い、美術品・工芸品等のコレクション(collection)を収蔵・展示する為に、開設した、私営の美術館です。美術館の建物の設計は、坂
茂(ban
shigeru。1957年生まれ。日本の、世界最高水準の建築家の一人)が手掛ました。下瀬(simose)美術館は、東京から遠いですが、(別に、今すぐでなくても良いですが)、いつか、機会があれば、訪れてみたいと思っています。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「日本には、もちろん公営美術館も全国に、たくさんありますが、私営美術館も、全国たくさんあり、私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開する目的の物です。この様に、日本全国に、たくさんある私営美術館の多くが、実業家等の金持ちが、個人の趣味で集めた美術品を、収蔵、公開している物ですが、中には、中々、質の高い、美術品を、収蔵、公開している私営美術館も、かなりあり、(入場料こそ取られるものの)、一般庶民もこうした収集品を見る事が出来て、公立の美術館・博物館以外でも、質の高い美術品に身近に接する機会が与えられていると言う点で、利益を受けています。」
四谷
シモン(yotsuya shimon):1944年生まれ。四谷 シモン(yotsuya
shimon)は、雅号(pseudonym)。1960年代から活動し、1970年代から活躍している、日本の、人形作家。ちなみに、四谷
シモン(yotsuya shimon)と金子 國義(kaneko
kuniyoshi)は、互いの美意識を認め合う友人として、長年、親交を深めていた様です(下瀬(shimose)美術館で、10月1日から開催される予定の、四谷
シモン(yotsuya shimon)と金子 國義(kaneko
kuniyoshi)の、展覧会(exhibition)の、チラシ(leaflet)より。。。)。
金子 國義(kaneko
kuniyoshi):1936年生まれ。2015年に亡くなる。1960年代頃から活躍していた、日本の、画家・挿絵画家。「不思義の国のアリス(Alice
in
Wonderland)」の絵本の挿絵等も手掛ける。ちなみに、L’Arc〜en〜Ciel(1990年代初期の頃から活動を行い、1990年代中期頃から活躍している(特に、1990年代中期から2010年代初め頃まで人気が高かった)、日本の、rock
band)の、中心人物であり、lead vocalistの、Hyde(1969年生まれ。本名は、寶井 秀人(takarai
hideto))は、金子 國義(kaneko kuniyoshi)の作品が、とても好きで、金子 國義(kaneko
kuniyoshi)と親交を深めていた様です(wiki等を参考にしました)。
ちなみに、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「不思議な国のアリス(Alice in Wonderland)は、彼女が、子供の頃から、好きな作品です。」
写真左側。四谷 シモン(yotsuya shimon)の作品。写真右側。金子 國義(kaneko kuniyoshi)の作品。
写真上側。左から、「ジャンピング」(金子 國義(kaneko kuniyoshi)の作品)、「手鏡」(金子 國義(kaneko kuniyoshi)の作品)、「最初の贈り物」(金子 國義(kaneko kuniyoshi)の作品)。
写真下側。「天使 しぶさわ(漢字で書くとkjのバグにより、投稿文、全てが、翻訳されなくなる様なので平仮名で書きます。以下同様)龍彥(shibusawa tatsuhiko)に捧ぐ」。四谷 シモン(yotsuya shimon)作。しぶさわ 龍彥(shibusawa
tatsuhiko)(1928年生まれ。1987年に亡くなる)は、日本の、小説家、評論家、フランス文学者です。1950年代に、マルキ・ド・サド(Marquis
de Sade)を、最初に、日本に紹介した人物として、又、マルキ・ド・サド(Marquis de
Sade)の作品の、日本語翻訳者としても知られています。ちなみに、金子 國義(kaneko kuniyoshi)は、しぶさわ
龍彥(shibusawa tatsuhiko)の作品の挿絵も手掛けています。また、四谷 シモン(yotsuya shimon)は、しぶさわ龍彥(shibusawa tatsuhiko)が、1965年に、日本の女性向けの雑誌で紹介した、ハンス・ベルメール(Hans
Bellmer)の、球体関節人形(ball-jointed dol)に、衝撃を受け、以降、球体関節人形(ball-jointed
dol)を制作する様になりました(wikiを参考にしました)。
「機械仕掛けの少年2」。四谷 シモン(yotsuya shimon)作。
松濤(syoutou)美術館で、展覧会(exhibition)を見た後は、帰りに、途中、電車(通勤電車)の乗換駅の、下北沢(shimokitazawa)駅で、一度、駅の改札を出て、彼女の希望で、下北沢(shimokitazawa)の、チーズケーキ(cheesecake)店で、チーズケーキ(cheesecake)を買ってから、再び、電車(通勤電車)に乗り、我が家に、帰って来ました。下北沢(shimokitazawa)は、私の街(渋谷区(shibuya)区(東京中心部(東京23区)の西部に位置する区)の中北部area)の、西の隣街の(西に隣接する)、世田谷(setagaya)区(東京中心部(東京23区)の西端に位置する区)の中北東部(中北東端部)areaにある、学生等の、若者に人気が高い繁華街です。下北沢(shimokitazawa)は、我が家(東京都心部の西部の静かで落ち着いた住宅地に位置します)の最寄りの、通勤電車・地下鉄駅から、電車(通勤電車)で、2分から3分程です。
以下(すぐ下でリンクを付けた投稿)、下北沢(shimokitazawa)に関する参考の投稿。
カップケーキ(cupcake)の歴史他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3513789/page/14?&sfl=membername&stx=nnemon2
この日の夕食は、彼女と我が家で食べ、この日の夕食の、メイン(main)料理は、ハンバーグ(hamburger steak)にしました。ちなみに、私も、彼女も、ハンバーグ(hamburger steak)は、好きな食べ物です。
ちなみに、この日の夕食時は、私は、飲み物は、お酒は、主に、赤ワイン(wine)を飲みました。
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「私は、両親とも、酒に強くて酒飲みでw、遺伝により、酒は強いです(私は、酒が強く、酒をいくら飲んでも、顔色が、全く、変わらないタイプです)。酒は、基本、どんなに飲んでも酒に飲まれる事はありませんw
それは、ウイスキーをストレートでボトル1本を超えて、比較的短時間で飲めば、時間差で後から腰は抜けますが(学生の頃の話w)、どんなに飲んでも、性格は、普段よりも陽気で上機嫌になる位で、大きくは変わりません。
日本酒、ワイン、ウイスキー、ビール、焼酎なんでも行けますが、私は、お酒の飲み方は、本来的には、ウイスキーの様な、濃いお酒を、ロックで、チビリチビリと飲むのが好きです。
ちなみに、彼女は、お酒が弱いです。」
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。
「ちなみに、私は、肉が好きです(彼女も、肉は、好きです)。ちなみに、私も彼女も、野菜も、多く食べています。」
「私も、彼女も、ご飯(rice)食い(ご飯(rice)を、比較的、たくさん食べるタイプ)ではなく、おかず食い(おかずを、比較的、たくさん食べるタイプ)です。」
参考に、以下、「」内。私の前の投稿文より。。。ちなみに、この日の夕食時も、野菜サラダ(salad)(手作り)を食べました。
「我が家の、普段の、朝食又は(休みの日の)遅い朝食兼昼食は、パン、シリアル(cereal)、野菜サラダ(salad)、3種類程の果物、牛乳、ジュース(juice)、ヨーグルト(yogurt)と言った内容であり、又、我が家で、夕食を食べる時は、野菜サラダ(salad)を食べる事が、多い事から、我が家の、ドレッシング(dressing)の、需要は、大きいです。
我が家には、常時、概ね、3、4種類の(少なくとも3種類の)、ドレッシング(dressing)を買って使えるように用意しています(特に、どのドレッシング(dressing)とか決まっている訳ではありません)。」
この日の夕食の、メイン(main)料理の、ハンバーグ(hamburger steak)の、挽肉は、国産(日本産)の牛肉と、国産(日本産)の豚肉の、合挽肉(牛肉7:豚肉3位の割合の物)を、435g使いました。
この日の夕食の、ハンバーグ(hamburger
steak)は、三國 清三(mikuni
kiyomi)さん(日本の、有名な、フランス料理のchef)の、以下の動画(すぐ下でリンクを付けた動画)のレシピ(調理法)を参考にして作りました。この日の、ハンバーグ(hamburger
steak)の、ソース(sauce)も、三國 清三(mikuni
kiyomi)さん(日本の、有名な、フランス料理のchef)の、以下の動画(すぐ下でリンクを付けた動画)のレシピ(調理法)を参考にして作りました。
『ハンバーグの焼き方講座』肉汁が溢れない?!シェフがお悩み解決!→
https://youtu.be/e6KCOQkTSec?si=V6Uc6aO0HlXQSg7H
この日の夕食の、メイン(main)料理の、ハンバーグ(hamburger
steak)。私と彼女、共同の手作り。彼女と、ワイワイ、2人共同作業で料理をするのも、楽しいものです。一人、2個ずつ食べました。美味しく出来ました(美味しかったです)。彼女も、美味しいと言って食べていました。ちなみに、この日の夕食時は、私も彼女も、ご飯(rice)・パンは、ご飯(rice)を食べました(ちなみに、ハンバーグ(hamburger
steak)は、パンだけでなく、ご飯(rice)にも合います)。ちなみに、前述の通り、私も、彼女も、ご飯(rice)食い(ご飯(rice)を、比較的、たくさん食べるタイプ)ではなく、おかず食い(おかずを、比較的、たくさん食べるタイプ)です。
以下4つの投稿。我が家の、ハンバーグ(hamburger steak)に関する、参考の投稿(我が家の、ハンバーグ(hamburger steak)を含む投稿)。
オートミールの歴史/フィンランドの伝統料理他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3634575/page/8?&sfl=membername&stx=nnemon2
ブルーチーズ(blue cheese)の歴史他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3676908/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
70年近い歴史を有する梅の名所の公園他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3644070/page/3?&sfl=membername&stx=nnemon2
肉じゃが(nikujyaga)の歴史他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3579474/page/5?&sfl=membername&stx=nnemon2
写真以下。この日の夕食の、デザート(dessert)。この日、帰りに、下北沢(shimokitazawa)の、チーズケーキ(cheesecake)店(以下、このチーズケーキ(cheesecake)店と書きます)に寄って、買って来た、チーズケーキ(cheesecake)。このチーズケーキ(cheesecake)店は、一昨年(2021年)の5月に、オープン(open)した、比較的、新しい店です。このチーズケーキ(cheesecake)店の、チーズケーキ(cheesecake)は、美味しいです。
何れの、ケーキ(cake)も、彼女と選んだ物で、何れの、ケーキ(cake)も、2人で(彼女と)、分けて食べました。
写真以下2枚。ラムレーズン(rum raisin)とブルーチーズ(blue cheese)の、チーズケーキ(cheesecake)。
チョコバナナ(chocolate banana)とシナモンクッキー(cinnamon cookies)の、チーズケーキ(cheesecake)。
この日は、彼女は、我が家に泊まりました。
この翌日に関しては、以下の(すぐ下でリンクを付けた)投稿を参照して下さい。
歌川広重 名所江戸百景 両国花火他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3711671/page/2?&sfl=membername&stx=nnemon2
以下、最近の投稿。
エクレア・ラスク(ヨーロッパの伝統菓子)他→
https://www.kjclub.com/jp/board/exc_board_11/view/id/3729046?&sfl=membername&stx=nnemon2