ならの大寺　唐人も見よ



何となく題目を書いたら上の句っぽかったので、そのまま繋げて歌をつくってみた。　大伴家持がこのスレを読んだらアンソロジーに加えて欲しいところだが、それはさておき、屋根形式の話で少し書き添えておきたいことがある。

まず、簡単にまとめておこう。　上古の日本では切妻屋根が「マヤ」と呼ばれて入母屋・寄棟様の屋根を持つ「アズマヤ」の上位に置かれたが、庇を付加する技法の導入後は、（四面庇の帰結としての）入母屋がさらに上位を占めるようになった。　遅くとも平安時代後期以降は、大極殿や紫宸殿といった、日本で最も高い格式を要求する建物に入母屋屋根を用いていることが確認でき、上古の切妻尊崇は神道の擬古的様式にその名残りを留めるものの、一般的には入母屋屋根を最上に据える建築文化が受け継がれてきたと見てよい。

いっぽう、中国においては有史以来一貫して寄棟が最高格式に位置づけられてきた。　このため、宮殿でも大規模寺院においても、中心となる建物は原則として寄棟となる。　これに対して韓国では逆に宮殿の正殿など最高格式が求められる建物に必ず入母屋屋根を用いる、非中国的な建築文化を堅持し続けた。　飛鳥時代の日本の寺院建築が、それ自体まったくの外来文化でありながら、中国の原則に従っていないのも、導入に際して直接に参照された韓三国の建築文化の影響と見れば不思議はない。

さて、問題は奈良時代である。　先のスレで触れたとおり、平城宮の大極殿が実際に入母屋なのかを直接に示す史料は見つかっていない。　従って我々にできることは間接的な材料を以って推測することだけなのだが、私としては、平城宮の大極殿は――少なくともその時代に建てられたものは――寄棟屋根だったと見るのが妥当だろうと思っている。



例えば平城宮大極殿の前面には煉瓦を積み上げて擁壁を造成したことが発掘により判明しているが、これは明らかに長安城大明宮の含元殿に倣ったものであるし、平城宮内に朝堂院が東西に設けられていることはやはり長安で大極宮と大明宮の対比を取り入れたものと見られる。　さらには唐の宮殿を真似て黒色の瓦を用いるほどの徹底振りである。　またこの時代、組物の様式を飛鳥時代のそれから唐様式に抜本的に更新しているのも無視できない。　後代の大仏様・禅宗様の受容は限定的・局所的であって、既存形式を廃するほどの影響力は持ち得なかったが、奈良時代の唐様式組物は全体を覆って、飛鳥時代のいわゆる雲形組物はもはや見向きもされなくなるのである。　このような唐制受容への強力な意志が屋根形式のみを除外したと主張するのは、物証なしには難しいのではないだろうか。



日本人が入母屋の屋根形式に対して強い執着を持っていたのならば、除外することもありえようが、現にこの時代に建てられた唐招提寺の金堂は寄棟であるし、15世紀の再建になる興福寺東金堂――外形は旧規を踏襲したと見られる――もまた寄棟である。　では天平の最大建造物である東大寺大仏殿はどうか？　これに関して、建築史学者の村田健一は一般向けの解説書でこのように述べている。

「現在の建築史学会では、東大寺金堂の屋根は寄棟造と考えられています。　この根拠は、当時の絵図に描かれた金堂が寄棟造のように見えることと、寄棟造が他の屋根形式より格上だと考えられていたという二点です。」

ここで彼はこの通説に反対して、創建時東大寺金堂が入母屋だったという自説を展開するのだが、その根拠として、「寄棟屋根の場合、隅木が柱の立たない身舎内部まで伸びるため、隅木の尻を受けるための束を置く必要から、隅木の交点は梁筋上（つまり柱筋上）に来る必要がある」が、東大寺金堂の柱配置はそうなっていないことを挙げている。



この村田健一の説は一見説得力があり、これによって屋根形式を特定できるなら平城宮大極殿やその他の建物の屋根も分かるだろう、と正直やや興奮したのだが、残念ながら実際に日本や中国の寄棟の建物の柱間寸法を見ると、おしなべて村田治郎の条件に当てはまっていない、つまり隅木の交点はたいてい柱筋から離れていることが分かり、がっかりした。　まあ、よく考えてみれば軒先の荷重を支える隅木は一義的には支点となる桁にその荷重を送るはずで、隅木の尻を固定するための束が力学的にそれほど枢要だとも思えないのである。



村田健一の反論が成り立たないとすると、「東大寺山堺四至図」の創建時金堂の絵が残り、これに拠って寄棟とすれば、唐の建築文化を、寄棟を最高級とする価値観も含めて受容したとする推測にも整合する。

ならの大寺　唐人も見よ



何となく題目を書いたら上の句っぽかったので、そのまま繋げて歌をつくってみた。　大伴家持がこのスレを読んだらアンソロジーに加えて欲しいところだが、それはさておき、屋根形式の話で少し書き添えておきたいことがある。

まず、ざっとまとめておこう。　日本で最も格式の高い建物――例えば紫宸殿や大極殿――に入母屋屋根を用いることは、平安時代後期以降は事実として確認できる。　また古い時代においても、もともとは「マヤ」と呼ばれて「アズマヤ」の上位に置かれた切妻建物が、庇を付加する技法の導入を経て、（四面庇の帰結としての）入母屋の劣位に置かれるようになったことも明らかである。　上古の切妻崇敬の文化は以後、神道の擬古的様式にその名残りを留めるようになる。



いっぽう、中国においては有史以来一貫して寄棟が最高格式に位置づけられてきた。　このため、宮殿でも大規模寺院においても、中心となる建物は原則として寄棟となる。　これに対して韓国では逆に宮殿の正殿など最高格式が求められる建物に必ず入母屋屋根を用いる、非中国的な建築文化を堅持し続けた。　飛鳥時代の日本の寺院建築が、それ自体まったくの外来文化でありながら、中国の原則に従っていないのも、導入に際して直接に参照された韓三国の建築文化の影響と見れば不思議はない。



さて、問題は奈良時代である。　現状の復元大極殿を鵜呑みにすることの問題点は先のスレで触れたが、当時の大極殿が実際に入母屋なのか寄棟なのかは分かっていない。　ただ私は、平城宮の大極殿は――少なくともその時代に建てられたものは――寄棟屋根だったと考えるのが妥当だろうと思っている。



例えば平城宮大極殿の前面には煉瓦を積み上げて擁壁を造成したことが発掘により判明しているが、これは明らかに長安城大明宮の含元殿に倣ったものであるし、平城宮内に朝堂院が東西に設けられていることはやはり長安で大極宮と大明宮の対比を取り入れたものと見られる。　さらには唐の宮殿を真似て黒色の瓦を用いるほどの徹底振りである。　またこの時代、組物の様式を飛鳥時代のそれから唐様式に抜本的に更新しているのも無視できない。　後代の大仏様・禅宗様の受容は限定的・局所的であって、既存形式を廃するほどの影響力は持ち得なかったが、奈良時代の唐様式組物は全体を覆って、飛鳥時代のいわゆる雲形組物はもはや見向きもされなくなるのである。　このような唐制受容への強力な意志が屋根形式のみを除外したと主張するのは、物証なしには難しいのではないだろうか。



日本人が入母屋の屋根形式に対して強い執着を持っていたのならば、除外することもありえようが、現にこの時代に建てられた唐招提寺の金堂は寄棟であるし、15世紀の再建になる興福寺東金堂――外形は旧規を踏襲したと見られる――もまた寄棟である。　では天平の最大建造物である東大寺大仏殿はどうか？　これに関して、建築史学者の村田健一は一般向けの解説書でこのように述べている。

「現在の建築史学会では、東大寺金堂の屋根は寄棟造と考えられています。　この根拠は、当時の絵図に描かれた金堂が寄棟造のように見えることと、寄棟造が他の屋根形式より格上だと考えられていたという二点です。」

ここで彼はこの通説に反対して、創建時東大寺金堂が入母屋だったという自説を展開するのだが、その根拠として、「寄棟屋根の場合、隅木が柱の立たない身舎内部まで伸びるため、隅木の尻を受けるための束を置く必要から、隅木の交点は梁筋上（つまり柱筋上）に来る必要がある」が、東大寺金堂の柱配置はそうなっていないことを挙げている。



この村田健一の説は一見説得力があり、これによって屋根形式を特定できるなら平城宮大極殿やその他の建物の屋根も分かるだろう、と正直やや興奮したのだが、残念ながら実際に日本や中国の寄棟の建物の柱間寸法を見ると、おしなべて村田治郎の条件に当てはまっていない、つまり隅木の交点はたいてい柱筋から離れていることが分かり、がっかりした。　まあ、よく考えてみれば軒先の荷重を支える隅木は一義的には支点となる桁にその荷重を送るはずで、隅木の尻を固定するための束が力学的にそれほど枢要だとも思えないのである。



村田健一の反論が成り立たないとすると、「東大寺山堺四至図」に残る寄棟形式で描かれた創建時金堂の絵が残る。　断言はすべきではないが、現時点では寄棟と考えるのが妥当でもあろう。

タイトルは何となく思いついた上の句なのだが、誰か上手く続けてくれると嬉しい。



さて、四阿である。

屋根形式に対する価値観のトピックに関連した話題を少し。　まずその日本での先史時代の変遷をおさらいしておこう。

「四阿。　唐令云、宮殿皆四阿。」　「弁色立成云、四阿、安都末夜。（中略）按皇国上古、貴人之家、如俗所謂切妻、而上知伎鰹木、今神宮制、即其遺制也。　故古事記雄略段、有志幾之大県主、上堅魚作舎屋、以似天皇之御舎被罪、其民屋皆為四注屋、如今俗呼方桁造者、民屋之制、至今猶然、故訓四阿為”阿都末夜”、云々。」――和名類聚抄、及び同箋注

先史時代の日本では、切妻の屋根形式を持つ建物は「マヤ」、寄棟（および寄棟に切妻をのせたものとしての入母屋）建物は「アズマヤ」と呼ばれ、マヤがアズマヤよりも尊ばれたとされる。　「真屋」＝ほんとうの、すぐれた家、「東屋」＝東国の、田舎の家、という名称においてそれは表れているし、貴人の住む高床住居の祖形が切妻屋根を、庶民の住む竪穴住居の平面が寄棟や入母屋の屋根を要請することもそれに附合する。

しかし時代が下り、権力者がより大きな建物を求め、それが技術的にも可能になると、こうした上古の序列はもはや堅持できなくなる。　建物を拡張するための「庇」を設ける場合、マヤの前一面ないし前後二面にのみ庇を付けても屋根は切妻のままだが、四面に庇を廻せばその屋根は必然的に入母屋となる。　こうして生まれた入母屋建物――切妻の拡張としての――は、四面庇を可能とする富と地位との表象にほかならず、切妻を尊ぶ上古の価値観は、神道社殿の擬古的様式にその名残りを留めるのみとなったわけである。

「殷人重屋、常修七尋、堂崇三尺、四阿重屋。」――周礼・考工記
「案、四注屋、四面各増両檁而覆之、東西亦有霤、故四霤也、此所増之檁、則謂之阿与、云々」――同義疏
「庑殿式屋頂是中国古代建築中等級最高的屋頂形式、在古代只有尊貴的建築物才可以使用庑殿頂、如、宮殿、廟宇殿堂等。」――中国建築詞典

これに対し中国では有史以来、一貫して寄棟が最も高級な屋根形式と位置づけられた。　切妻は最も簡易な屋根形式として劣位に置かれ、入母屋は寄棟と切妻の中間的な形式と位置づけられる。　こうした序列を反映し、中国においては最高の格式を与えられる宮殿の中心建築が寄棟となるのは勿論のこと、寺院においてもその中心建築は原則として寄棟であった。

飛鳥時代日本の寺院金堂や玉虫厨子が入母屋屋根を用いていることは、こうした中国建築の伝統には明らかに背くもので、寺院建築導入に際して直接に参照された韓三国の文化の影響が想定できる。　というのも、韓国においては中国と逆に入母屋を寄棟の上位に置く文化が存在するからで、例えばソウルの景福宮や昌徳宮といった王宮の中心建築に用いられる屋根は常に入母屋であり、寄棟屋根は門のような副次的な施設に用いらている。

このようにして、日本では古来からの切妻の拡張として、あるいは寺院建築の移植にともない、韓国と同様に入母屋を他の屋根形式の上位におく価値観が形成されてきた。　しかしここに奈良時代――日本が本格的に唐の制度や文化の移植に努める時代がやってくる。



果たしてこの時代にも、伝統的な入母屋尊崇の文化が維持されたのだろうか？　それとも中国的な寄棟上位の文化を受け入れたのか。　このことについて史料は何も明示しないが、この時代の唐制模倣への情熱から見ると後者ではないかと思われる。　例えば平城宮大極殿の前面には煉瓦を積み上げて擁壁を造成したことが発掘により判明しているが、これは明らかに唐・長安城大明宮の含元殿に倣ったものであるし、平城宮内に朝堂院が東西に設けられていることはやはり長安で大極宮と大明宮の対比を取り入れたものと見られる。　さらに平城宮の建物に黒色の瓦を用いたのも、唐の宮殿の制である。　そもそも唐にならって組物の様式を飛鳥時代のそれから抜本的に更新しているのも無視できない。　後代の大仏様・禅宗様の受容は限定的・局所的であって、既存形式を廃するほどの影響力は持ち得なかったが、奈良時代の唐様式は全体を覆って、飛鳥時代の様式はもはや見向きもされなくなるのである。　このような唐制受容への強力な意志が屋根形式のみを除外したと主張するのは、物証なしには難しいのではないだろうか。



こうした点から見て、東大寺大仏殿はむろんのこと平城宮大極殿に関しても寄棟屋根を採用したと考えるのが妥当であろうと私は思う。





奈良時代の中国化熱が遠く去った平安時代末期になると、入母屋の大極殿（第三次）が端的に示すように、日本の建築文化は入母屋上位の価値観を取り戻す。